14.ハイ・モーニング
「今日はみんなで一緒に寝よう」
おれがいったひとことに、皆の反応はさまざまだった。曰く、
「みんなで?」
「いっっっっしょに!?」
「ええっ……?」
「あら、どうしたの?」
「うわ」
(いきなりなんなの、引くわ)
である。
「お前の声はわかるからな」
とりあえず胸を小突いて文句をいっておく。
(おや? カクテルなんとかってやつね)
「内側から響いてくるからだよ」
小声でいってから、おれは皆に向き直った。
村長の家。居間にいたのはガレ、パラの二人とソファに座るテリアン、先ほど起きてきたらしい寝ぼけ眼のライア。そしておれが待っていたネイと、体内のアッシュだった。
しかしたしかに反応を見るに少しわかりにくかった気がする。咳払いを一つしてから、おれは改めて口を開いた。
「一緒に、だ」
「バネさんもここでかわのじになるの?」
ガレの言葉に、おれは首を振った。
「全員、地下だ」
皆の反応はさまざまだった。曰く、
「ちか?」
「ちっっっっっっっか!?」
「なんでですし?」
「ふーん?」
「はぁ?」
(わかっててやってるよね?)
である。
なぜかネイが顔を真っ赤にしていた。
「ち、地下だなんてバネッダさま。その、たしかに声は外に響き辛くなるとは思いますが、しかし逆に籠った声は果てなくなかで反響し、わたくしを辱め……はっ、そういうことですの? それでも、それでも幼子たちの前でそのような行為は、いえ、たとえバネッダさまがそのような性の癖をお持ちであってもわたくしはすべてを受け入れてっ……!」
「明日、少し危険なことになるかもしれないんだ。おれやガレだけじゃ全員を守りきれないかもしれない」
「バネッダさま。明日ならばわたくしはおそらく危険ではなく安全び……」
「真面目な話だからちょっと黙ってろ」
いってから語調が強すぎたかもしれないと反省したが、一歩退いたネイが目を潤ませていった言葉は、
「タ、タメ語……!」
だったからたぶん大丈夫だろう。
「またねらわれてる?」
ガレがパラの手を握りながらいった。
「いえ、あの誘拐犯たちはカーネルさんが……」
ガレに答えてから、テリアンは疑問符を浮かべた。
「あら、大事な話という割には、カーネルさんはいないのね」
「それに関する話だ」
どう切り出せばいいのか。おれはずっと考えていたが、結局まっすぐに伝えるほかないだろう。
「実はな、カーネルと喧嘩した」
「喧嘩」
反芻するように何度か呟いてから、テリアンは眉間にシワを寄せた。
「どの程度の?」
「最悪、命のやりとりになる」
それを聞いて真面目な顔になったのはネイだけではなかった。パラもまた、おれの言葉にビクリと体を震わせた。
そのパラに、おれは言葉を濁さずに話す。
「あいつは公私を混同するような性質じゃない。仕事として、たぶんガレとパラは狙われると思う」
「な、なんで……だってカーネルさんは、ボクを助けてくれましたし……」
「昨日味方だからといって今日も味方とは限らない。というか、この場合は敵が偶然味方になってたっていうべきだろうな」
「なかなおりできないの?」
ガレが首を傾げた。表情は普段と特に変わらず、口調も冷静なままだ。自分が狙われているという言葉に動揺することなく、彼女は彼女で、おそらく冷静に平和的な解決を脳内で考えているのだろう。
「おれが仲直りしたくないんだ」
だからおれも、はっきりと伝える。
「仲直りの条件は、どっちかが折れることだ。おれの願いは、おれ自身で守らなくちゃいけない」
依然スローライフと称したことがある、おれの願い。それはあえて口には出さなかった。表の世界で――人間と魔物の戦争で、最前線に生きるカーネルの前で、それは口には出せなかった。恐れや遠慮ではない。これはあくまで敬意だ。
しかし敬意を払っているからおれの私欲を堪えられるというわけではない。おれにはおれの願いがある。おれに託された願いがある。
「こういう状況、本当ならカーネルの側に行ってもいいって話をするべきなんだろうが……あいにくカーネルは厄介者を欲してない」
「厄介者、か」
そういってテリアンが手を挙げた。発言権を求めているらしかった。
「いえる範囲でいいから、どういう状況なのか話してくれる?」
「状況?」
「そう、状況。喧嘩するのはバネッダさんだし、ここにいるのはわたしの勝手。けどなにも知らずに巻き込まれたんじゃ、誰にワラを投げてもらえばいいかもわからない。でしょ?」
いっていることはもっともだ。しかし、ならばどこから話すべきか。
「ランゾウは、おれを連れて帰ることが目的だ。おれとランゾウがもともと仲間だったってのは、みんなわかってるよな?」
皆が行儀よく頷いてくれたおかげで、話はスムーズに進められそうだった。
「連れて帰るっていうのは、生死を問わない。おれが粘れば、おそらく戦闘が起こる」
「またこの間のように?」
「もしかしたらこの間より酷くなるかも」
冗談めかしていってみたが、テリアンも、もちろんおれも、笑みなど欠片も浮かべてはいなかった。
「粘るっていうのは、帰りたくないって駄々をこねるということ? 違うよね?」
「そういう感じだ」
「ふーん。ってことは、粘ればあっちが折れてくれるって考えてるの?」
「いいや」
おれは首を横に振った。
「その状況になるとたぶんアウトだ。こっちの人数が足りなさすぎる。だからその前にこっちから仕掛けることになる」
「アウト?」
「カーネルはおそらく、人質を取ると思う」
「人質って、わたしたちのこと? さすがにそういう人には見えないんだけど……」
「まぁ、そう思ってくれていてもいい。手近に誰もいなきゃ、そもそも人質は取れないはずだ。だから明日、みんなにはここにいてほしいと思ってる」
「だから今日のうちから一緒に地下で寝て、急にあっちが動いても大丈夫なようにする」
おれはテリアンのまとめに頷いた。顎に手をあてて考え込む彼女に代わって、部屋の端に置かれた椅子に座っていたネイがおそるおそる挙手をした。
「バネッダさま。その、お話はわかるのですが、本当にそんなことが急に……?」
「向こうからすれば急にじゃない。カーネルはここにきてからずっと、おれに猶予をくれていた。でも、そうだな。ランゾウたちと一緒に一旦村から離すのがベストだったのかもしれない。それについてはおれの考えが及ばなかった。申し訳ない」
頭を下げたおれの肩を、慌てた様子でネイが掴んだ。
「そんな! バネッダさまは充分に動かれていますわ。たとえ間違っているかもしれないとしても、わたくしはバネッダさまを信じます」
「カーネルさんのことは詳しく知らなかったですし、いきなりそんな話をされても困りますけど……」
次いでパラが口を開く。
「あの場でランゾウたちについていってって頼まれても、ボクはたぶん意地でもそれを断ってましたし……とりあえず、いまはバネさんに従いますし」
いつの間にかバネさん呼びになっていた。いまはそれどころではないが。
「なんというか、二人ともありがとな。まだ知り合って日も浅いのに」
おれがいうと、パラが目を細めた。
「もちろん、ただ単純に信じてるわけじゃないですし?」
「そうなのか?」
「こちらにもいろいろとありましたのよ」
ネイがパラを膝の上に座らせながらいった。
「ガレとランゾウの話ですし?」
パラが説明してくれたが、その用件については思い当たる節がない。ガレのほうは彼女の鼻利きの話だろうか。問うてみると、ガレが口を開いた。
「カーネルにはきをつけてって、ランゾウがいってたの」
「ランゾウが? 別れるときにか?」
「その前からいっておられましたわ」
答えたのはネイだ。
「相当に仲睦まじきご様子でしたので、そのときは少し驚きましたけれども……」
「そうだったのか」
真実はランゾウに直接聞いてみなければわからないだろうが、なんにせよ、それが理由で話がスムーズに進んでいたのならば感謝するべきだろう。
「それで、明日の夜までずっとここに隠れてればいいの? 怪しまれない?」
「安心しろ。明日は日中に行動する」
「できるの?」
おれは小さく頷いた。問うたテリアンだけでなく、ガレたちも全員驚いている様子だった。
唯一反応をみせたのは、それまで目を瞑って浮いていたライアだった。
「それでここに火をつけられたらどうするんですか」
「カーネルがここに火をつける可能性は……」
ガレ以外のために、おれがいい直す。
「ゼロじゃないが、可能性は低い」
そういってから、おれはじっとガレとパラを見つめた。
もしかしたら、彼女たちには酷なことになるかもしれない。
そう思うと、おれは口を開かずにはいられなかった。
※
本当に幸運なことが一つあった。
小雨を伴う曇天が、空いっぱいに広がっていたのだ。
翌日早朝。村長の家の前。
カーネルと五人の誘拐未遂犯が、真一列に並んで立っていた。そのうち家から見て右端に立つスキンヘッドの男の手には、火がすでに灯された松明が握られていた。
厚い雲に覆われているとはいえ、朝の屋外である。陽光は変わらず周囲を明るくしており、とても松明が必要な状況ではない。確率としては低いはずの事象がまだ起こらない段階で目の前にあることも、幸運のうちに入るのかもしれなかった。
「驚いたな。お揃いだ」
外套をなびかせたカーネルが、笑みを浮かべながらいった。珍しくフードまで被っており、たしかに遮光率ではおれといい勝負かもしれない。
「その格好なら太陽とお友だちになれるのか?」
家の前に立つおれは、その言葉に首を振った。
「残念だけど、嫌われたままだ」
通常の衣服の上から砂漠の民が纏うような長尺の白布を羽織り、黒いヘッドスカーフとストールで目元以外の頭部を覆う。さらにその上から外套を着ることで、おれは陽光を避けながら日中の世界へと帰還した。
右手の日傘を持ち上げて、おれは改めてカーネルたちを見た。刺すような痛みは多少あるが、なんとか動ける。
「気休めだが、ないよりはマシなんだ。さっさと済ませよう」
「おいおい、返事は明日の夜でいいんだ。ゆっくり考えな?」
カーネルがいい終わる前におれは傘を投げ、跳ぶように地面を駆けた。
右手にナイフを抜き、カーネルの体目がけて一直線に振り下ろす。十字にかざされたカーネルの両腕にナイフが弾かれたのを見て、おれは素早く半回転し、勢いをつけて肘でカーネルの左頬を打ち飛ばした。
しかしヒットの感覚はない。素早いステップで後退したカーネルは、わざとらしく両腕を振って痛がる素振りを見せてきた。
「ああ、クソ。ジンジンくるぜ」
カーネルはそれから、目を見開いて硬直していた誘拐未遂犯たちに顎を振った。
「ほら、ボサッとするな。さっさと火ィつけてこい」
指示の隙をついておれはふたたびカーネルに迫った。今度は逆手にナイフを握り、通常の殴打の要領でカーネルを狙ったが、左腕で刃を弾かれてしまった。想定していた感触との違いに、おれは眉をひそめた。
「いつもの鉄籠手だけじゃないのか」
「ああ。最近はこいつを好んで使ってる」
よく見れば両手はなにかを握り込んでいるようだった。腕を覆う鉄の籠手の外に、握りと垂直になった丁字型の旋棍だ。
「木製か」
「珍しいだろ?」
おれはちらりと男たちを見た。依然として松明を持って家の前に立ってはいるが、それだけだ。火をつけようという様子はない。
「そっちの予想通りだよ。後ろの家に全員集めてる。やっぱり人質にして燃やしてしまうには惜しいか?」
「……そうか」
カーネルがおれを睨んだ。表に出た彼の敵意を見たのは、初めてといってもよかった。
「お前は愚かだが、賢くないわけではなかったな」
「最近それが褒め言葉だって知ったよ」
跳躍して放った膝蹴りをカーネルは身を捻って避けた。衣服で足元の動きがわかりにくいはずの上に予備動作なしの攻撃だったのだが、やはり単純な体術勝負では分が悪いか。
「なるほど。吸血鬼の副作用で窮鼠疾走がより強く発動しているわけか」
ステップでおれとの距離をおいたカーネルがいった。
「大した身体能力だ。そこまで動けるのか」
余裕のある言葉と表情だったが、実際にその通りだ。一気に距離を詰めて斬り上げ、蹴り打ち、押し倒そうとしても、カーネルはそれらすべてに上手く対応してきた。おれ自身にブランクがあるとはいえ、さすがに焦りの一つも浮かぶ。
呼吸が少し苦しい。過度な運動によるものというよりも、呼吸行為そのものに不具合があるようだ。
「仮に痛みがないとしても、そりゃ日中満足に動ける吸血鬼はいないだろうさ」
カーネルの指摘は、おれの心を読んだかのようだった。
「さっきから聞いてれば……」
おれは精一杯の余裕を見せるように笑みを浮かべた。
「やっとおれがガイデルシュタインを倒したってこと、信じてくれたらしいな」
「ああ、数日前の新聞にデカデカと載ってたよ。勇者御一行が飼ってた盗血蝙蝠と鬼従屍が突然死したってな」
「そんな新聞、見た覚えはないが?」
「俺が燃やしたからな」
なるほど。いわれて思い出したが、そういうこともあった気がする。
「あのときはまだ動く時期じゃなかったから伏せさせてもらった。悪かった」
「気にしちゃいない。それよりも謝るべきことがあるだろ」
カーネルが眉間にシワを寄せた。その一瞬間後、彼の表情が一変した。これまで一度たりとも見せていなかった、驚愕の表情。
足音なき急襲。数十メートルの距離を跳躍した、おれ以上の身体能力。
黒い刃。両腕が変容した鋭利な鉄爪。ガレの一撃が、カーネルを無警戒の背後から引き裂いた。
「やったか?」
「このひと……っ!」
おれがそう声に出したのと、ガレが目を見開いたのがほぼ同時。前のめりに崩れ落ちるカーネルの左腕の輝きに、おれは慌てて叫んだ。
「逃げろ!」
「もう遅い」
カーネルの声とともに起こる、閃光を伴う空間の炸裂。ガレを、そしてカーネル自身を巻き込んだその爆発を、おれはただ見ていることしかできなかった。




