13.導かれて
翌日。地下室にふらふらとすり抜けてきたライアは、おれを見るや否や盛大な欠伸を一つ漏らした。
「あてつけか」
「最初にかける言葉は本当にそれですか?」
「なにかあったか?」
「特には。あの、バネさん?」
「嘘だよ。ありがとう。今日はもう寝てていいぞ」
「それが困ったことに眠くないんですよ。ただ欠伸と頭痛が酷いだけです」
「早く寝ろ」
生返事のあと、ライアはそのまま数分前までおれが寝ていたベッドへとダイブした。
おれは身なりを整えて上へと向かう。
ライアには少し頑張ってもらった。昨夜のランゾウの件のあと、おれは彼女にカーネルの見張り役を任せたのだ。
昨夜は皆、夜更かしだった。ライアもまた然りだったが、現状カーネルから警戒を解くわけにはいかなかった。捕まえた誘拐未遂犯の件もある。とはいえ陽が昇っている間はおれは満足に動くことができず、ゆえにこの役はおれ以外が担う必要があった。
「別になにもしやしないさ」
地上への隠し通路――隠し、といってもいまは黒布で床を覆い、その上にテーブルを置いているだけだ。木板は乱暴に剥がしたために補修無しに元には戻らなかった――から出たおれは、部屋のなかにいたカーネルの声に口端を曲げた。
「その窓の外になにか見えたか?」
「いいや」
カーネルが首を振った。彼が寄りかかっていた窓は分厚い遮光カーテンがかかったままで、さらにカーテンの先も木枠で閉じられている。目新しいものはなにもないはずだ。
「見張りなんて立てる必要はなかった。少なくともいまはな」
そういってから、カーネルは外を親指で指した。すでに外は夜。表で話をしようということらしかった。
※
夜風は体に心地よかった。おれたちは村を西に進んだ。結界、木柵の外。しかしまばらに篝火がある。散歩の道筋としてカーネルが事前に用意したのかもしれない。夜空の光を見上げながら、カーネルの先導におれはしばらくなにもいわずに続いていった。
「昨日は驚いた。あの嬢ちゃんとはもうお別れだとばかり思っていたよ」
「いろいろあってな」
「ああ。少しだが聞いたよ。残念だ」
篝火の隣で立ち止まる。飛虫が火に飛び込んだ気がする。おれはその火から、ゆっくりと目線を先のカーネルへと移す。
「そうか」
「そうだ」
カーネルが振り向いた。
「なぁ、ベニー。お前、いつまでここにいるつもりだ」
「なんの話だ」
「お前の話だよ」
呆れているわけでも、怒っているわけでもない口調。当てはめるのならばなんだろうか。諭す、が良いだろうか。
「ランゾウはもう出ていった。テリアンは戻ってきた。だが話を聞くにすぐに出ていくそうじゃないか」
「初耳だ。それで?」
「ここに隠居する理由はなんだ。勇者計画からの脱走者とお前は違うだろう。戦いが嫌になったわけじゃないはずだ」
「戦いは誰だって嫌だと思うけどな。おれだってそうだ」
「俺がいいたいのはそういう話じゃない。わかるだろう? お前は誰かのために戦えるタイプの人間だ」
おれは自分の胸を手で軽く叩いた。カーネルにはまだ伝えていない、おれと同化しているスライムの存在。おれの頼みを快く引き受けてくれた、いまはベッドに眠るファントム。
「カーネル。おれは……」
「まさかとは思うが」
カーネルが言葉を被せた。
「魔物たちに情でも湧いたか」
「いいかたに悪意があるな」
「そう聞こえたのなら、そう聞こえるだけの後ろめたさがベニーにもあるってことだ」
そういったあと、カーネルは眉尻を下げた。
「冗談だよ。俺はお前についてある程度は知っている。なぁ、魔物博士?」
「いいかたに悪意があるな」
(魔物……博士?)
アッシュの声に、おれは少しばかり考えてから口を開く。
「たしかに昔、おれはそういう職を目指していた時期があった。けど昔の話だし、博士というほど詳しくはない」
「唐突に説明口調になったな」
そういってカーネルが笑った。実際に説明代わりなのだから仕方がない。
「しかしお前の知識は結構役に立つ場面も多かったと聞いている。たしかに本場の学者連中よりは劣っていたかもしれないが、ベニーのように最前線には立てない」
「薄い知識だよ」
「そうか? たしかに採用時にはその部分は記述がなかったらしいな。おかげでラスタあたりは大層驚いたらしい」
「経歴や特技に書ける内容じゃない。ただ目指して、状況が状況なだけに断念したってだけだからな」
「魔物使いを?」
(テイマー?)
おれはアッシュとカーネルに笑みを返して首肯した。特に語ることも語るべきこともない、過去の話だ。
「だからいま、こういう状況でそれを味わってる。そういうことじゃないのか」
いいかたに悪意がある。トゲがある。しかし今度は口には出さなかった。
「神話の時代。かつて同じ言語を分かち合った仲だ。必ずわかり合える。共生できる。魔物使いの理念はその言葉に反して使役じゃない。それは理解できるさ」
カーネルはそこで一呼吸置いた。おれの反応を確認したかったのだろう。
「だが、もうそんな時代じゃない。宣戦布告は為された。俺たちは戦う必要がある。責務がある。戦えずに怯えて暮らす人間のために、能力を得た俺たちが武器を取らなければならない」
「その演説、懐かしいな」
かつて勇者御一行の旅立ちの際におこなわれた大演説。平易な言葉で、しかし感情を込めて紡がれた言葉だ。
カーネルは口端を曲げた。
「まぁ、俺としちゃそこまで大層に考えちゃいない。好きなように戦って好きなように守れればいい。俺がいいたいのは……」
わかっている。いまの状況をおれを知る人間が見れば、誰だってそういいたくなるに決まっている。
「敵と馴れ合っていても、あとが辛くなるだけだぞ」
なにかいってもおかしくないアッシュの声は、内側から聞こえてこなかった。
※
村へと戻ったおれとカーネルを出迎えてくれたのは、エプロンをかけたネイと、ガレが拾ってきた白猫だった。装飾が施された薄い桃色の首かけエプロンは、庶民が使うには少しばかり豪華すぎ、貴族が使うには少しばかり安っぽい。
「そんなもの旅行鞄に詰めてたんですか」
「そ、そこですの?」
「戦力二人で勝手に村を出てすみませんでした」
「いえ、そうではなく……」
「わかってますよ。夜食の匂いがする。わざわざありがとうございます」
なにかをいいたそうだった彼女を横目に、おれたちはランゾウのテント跡へと向かった。いや、三角テント自体は残っている。しかし彼の私物はすべて取り払われている状態だ。
パラがここにいないということは、ガレやテリアンとともに村長の家か、それとも教会か。
「俺はライトな人間主義者だが、彼女のことはあまり信用していない」
テントを擦りながらカーネルがいった。
「それをいうなら人間中心主義だ」
「そのいいかたは好きじゃない。まぁいいじゃないか。お前はどこまで彼女を信頼している?」
「ネイの話だよな?」
カーネルが頷いたのを確認してから、おれはまた口を開いた。
「どうだろうな。いい人だとは思うよ」
「俺もそう思う。育ちも良さそうだ」
「しかし謎が多い。ベニーも知らないんだろう?」
「前に話したやつか」
ネイ・ランファ・ミズ。呪いを受けたおれはここへの道程、ペイセヴの街で偶然彼女と出会い、危機を救った。その後おれたちはすぐに別れ、おれは一人この光の谷と呼ばれる場所を訪れた。彼女の話ではその後、おれを追うように旅立ち、ここまで来たらしい。
「この場所を話した覚えはない。お前はたしかそういってたよな」
「それについてはカーネルも同じだろ?」
おれの言葉に、カーネルは神妙な顔で頷いた。
「たしかに。不思議だな」
「おい……」
「いやいや。俺はいろいろな手段がある。たとえばお前が旅程で使った金だ。本来はその追跡なんて不可能だが、やりようはある。しかし彼女は別だ。怪しいが、おそらく一般人だ」
「多少お金持ちの一般人な」
「ああ。その金をどう使えば想い人をこんな辺鄙なところまで追跡できたのか。それがわからないうちは、俺は彼女を信用できないと考えている」
そこまでいって、カーネルはニッと歯を見せて笑った。
「だがな、正直にいえばそこまで深刻に考える必要はないとも思ってる。現地妻の一人や二人増えてもいいだろ?」
「残していけ、って話か?」
「さすが、ベニーは賢いな」
おれはテントから離れて、手の埃を払った。
「それで、なにを探せばよかったんだっけ?」
「なにも」
カーネルの短い返答に、おれは思わず声を上げた。もとはといえば村への帰路、ランゾウのテントを確認したいといってきたのはカーネルのほうなのだ。そのせいでおれはまだネイが作ってくれているらしい料理にも手をつけられていない。
「こんな話、ほかの連中の耳が届く範囲じゃできないだろう」
「それだけの理由かよ」
「いいや。もう一つある」
カーネルが村外れの暗がりに手招きした。そこから現れた男たち五人に、おれはぎょっとした。パラの誘拐未遂犯ではないか。
「取引でな。命を助ける代わりに一つ働いてもらってた。仕事自体はいいんだが、ほら、仮にも誘拐犯だろう? 大っぴらに動かすわけにもいかなくてな」
大っぴらに、の部分をカーネルは強調した。もしかしたらおれが監視役として動いていたライアからすでに聞いていると思っているのかもしれなかったが、彼女に任せたのは村のなかにおける監視であり、カーネルに警戒されるのを避けるために外までの尾行は避けるようにいっていたのだ。
「なにをやらせていたんだ?」
「俺の研究の助手だよ。タイムリミットも近いし、山のほうにはクマが出るらしいからな」
カーネルがいった言葉に、おれは硬直した。
「それで人手が足りないものだから……どうした?」
おれの様子に気づいたらしいカーネルは、首を傾げたあと、合点がいったように手を叩いた。
「ああ、詳しくはいってなかったな。もう勇者本隊を離れてずいぶん経つ。そろそろ報告にも行かなきゃならない。ベニーが一緒に戻ってくれれば本当に嬉しいし助かるんだが……おい、聞いているか?」
「違う。そっちじゃない」
おれはカーネルの顔をまっすぐに見た。
「ここで研究をしてた?」
「え? ああ。テリアンにもいったよ。生物研究。いやなに、こんな珍しい場所もなかなかないと思ってな。弱小なのに、か、それとも弱小すぎるから、か。いまどきこんなに正常な魔物が住んでいる土地は珍しい」
そこまでいって、カーネルはおれの心情を察してくれたらしい。
「心配するな。サンプルを取っただけだ。殲滅はしていない。種の多様性って言葉を最近覚えたからな。ベニーは知ってたか?」
(サンプルって?)
「カーネル、お前……」
アッシュはしょうがない。おれのなかにいるのだから。睡眠でもしていない限りは話が聞こえてしまう。しかしライアがいなくて良かった。これは間違いなく幸いだった。
「狩ってたのか」
「なぁ、ベニー」
おれの言葉に被せるようにカーネルが口を開いた。
「俺はお前に戻ってきてほしいんだよ。だから魔物のお嬢ちゃんたちには手を出してない。ここで潔く別れるのが互いのためって話さ。そうでなきゃ当初の計画通りに俺が修正しなくちゃならなくなる」
「おれを殺すのか」
「残念だがそういう未来もあるってことだ」
カーネルはそういって口端を曲げた。
「明日はゆっくり休め。明後日の夜に答えを聞く」
ネイのもとへと戻っていくカーネルを、おれは黙って見つめていた。
物事は、なにごとも急がなければならない。
※
ネイが用意してくれていたのは、野草と塩漬け肉がふんだんに入ったスープだった。ガレやパラ、テリアンはすでに食事を終えていたようで、ネイによると魔物の二人組はテリアンの出立準備を手伝っているらしかった。
おれとカーネルとネイの三人は、食事の感想を述べながら手早く食事を済ませた。少なくともネイに違和感は覚えさせなかったはずだ。カーネルは用を足すといって先に村外れに消え、結局おれが食べ終わっても戻ってはこなかった。
(サンプルだとか狩りだとか、なんの話?)
片付けを済ませるというネイの言葉に甘えたおれは、一足早く村長の家へと戻っていた。その短い道のなかで、アッシュが問うてくる。
(絶対にいい話じゃないってのはわかるけど)
「そうか」
(だってバネさん、なんか声が怖かったし)
隠しているわけではなかった。知る必要がなかっただけだ。この状況で話さないのはおかしいだろう。
「そもそも人間には魔物のように能力は備わっていない」
(うん。動物と一緒だよね)
「勇者御一行やその関係者には備わっている」
(うん)
「魔物から採取・抽出したデータをもとにして、おれたち勇者と呼ばれる人間は能力を得てる」
(……そういうことだったんだね)
おれの話を聞いても、アッシュのトーンは変わらなかった。彼女は賢いから、とっくにどこかで気づいていたのかもしれない。
おれはため息を吐いた。こういう話のあとに伝えることではないかもしれないが、猶予はもうないのだ。
「たぶん、カーネルと戦うことになると思う。アレ、大丈夫か?」
(うん。でも一応明日試してみよ?)
「戦うのは明日だよ」
(え? でもカーネルは明日は休みで、明後日答えを聞くって……)
「あっちも休むとはいってないだろ? カーネルは嘘をつくタイプじゃないけど……暢気にことを待つタイプでもないさ」
村長宅。玄関でノックをすると、ガレが満面の笑みで出迎えてくれた。奥からはパラとテリアンたちの笑い声が聞こえる。楽しいことか、いいことでもあったのかもしれない。
改めて思う。
おれが守らなければならない。




