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21.笑顔でさよなら

 夜空はいまだに深く暗いが、日の出の時間はもう遠くはなかった。ひんやりとした集落のなかで、燃える家々は篝火の代わりになっている。


 村長邸の地下は陽光を避けるにはちょうどいいだろう。厚いカーテンでもあれば家のなかも動けるのだろうが、相応しそうなものは燃えてしまっているようだった。当初あてがわれていた家が燃えてしまったのは不運だった。


 これからどうすればいいのだろうか。アッシュをもとに戻すための方法を探す必要があるが、手がかりはまったくない。吸血鬼の異能による制限がどの程度緩和されたのかも知る必要もあった。


 いろいろなことを考えながら夜空の星々を眺めていると、不意に声がかかった。声の主はシスターで、少女も隣に立っていた。なにやら大きな風呂敷を背負っている少女は気になったが、おれはひとまずシスターに話しかけた。


「出立には早いのでは?」

「バネッダさんには夜明け前にはご挨拶をしておく必要があると思いまして……」

「ああ。察してくださって助かります」


 シスターは微笑むと、少女に目を向けた。


「この子は、この谷に残るそうです」

「え?」


 驚きに目を見開き、声を上げたのは、ライアだ。おれはその可能性を微かだが考えていたから、なるほどと笑みを返した。


「いつまでいるかはわからないけど、シスターにとむらい(・・・・)をおしえてもらったから、パパたちにするの」


 相変わらず難解な表現だが意味は伝わるし、シスターも補足してくれた。村長の遺体を清める際、シスターはその文化を少女に話していたらしい。考えてみれば頭領たちの遺体は野ざらしだ。野生としてはそれが自然なのだろうが、それとは別に弔いの気持ちがあるのは珍しい話でもない。仲間の死を悲しむ魔物や動物は、それこそ数多くいるのだから。


 人間の遺体のことしか頭になかったなと、おれは反省した。


「で、でも、ご飯とかはどうするんですか!」

「そこかよ」

「だいじょうぶだよ、ライア」


 少女はそう答えてから、ライアを手招いた。少女の近くまで寄って屈んだ彼女の目を、少女が丁寧に拭った。


「なに?」

「目が赤いから。なかないでね」


 触れるわけではないので少女はあくまで拭うフリなのだが、ライアはいたく感動したらしい。少女を抱きしめる仕草を見せるライアを見ておれは苦笑した。


「そうだ。名前もきまったよ」


 少女がいい、シスターも頷いた。おれはライアと顔を見合わせ、彼女と並ぶように少女の前へと屈んだ。


「そっか。教えてくれるのか?」

「うん。えっとね、クロ・ガレ・シルバ・メタルクローだよ」

「……悪い、もう一回頼む」

「クロ・ガレ・シルバ・メタルクロー」

「シスター?」


 少女から目を移したおれに、シスターは眉尻を下げた。


「シルバというのは、わたしが考えてみました。銀歯の話を聞いて……」

「いや、そこではなくて」


 おれはシスターを制して、ライアのほうを見た。


「どう思う?」

「うう……ガレって名前を入れてくれてます……なんていい子なんでしょうか……!」


 長いという単純で誰もが抱きそうな疑問を共有できる者はいなさそうだった。


「クロ・ガレ・シルバ・メタルクローちゃんかぁ。素敵な名前だね」


 女声に振り返ってみれば、テリアンとラブロスがこちらに向かってきていた。その二人にもっとも大きな反応を示したのはクロ・ガレ・シルバ・メタルクロー――長いのでおれはクロと呼ぶことにする――で、彼女はラブロスに風呂敷を手渡した。


「はい、これ」

「む、なんだ? って、金庫ォ! おいお主! これはどうしたんだ!」

「ごめんなさい。おいかけたんだけど、すててあったこれしか見つけられなかったの」

「な、なんと……!」


 それを聞くやいなや、ラブロスはおいおいと泣き始めてしまった。


「夜中というのにこんな子どもが……! 」


 なにやらおれに対するあてつけのような言葉だったし、実際あてつけなのかもしれない。シスターが慈愛の眼差しを向けているのを見て、おれはなんとなく事情を把握した。ライアがもやもやしていたように、クロも思うところがあったのだろう。


「これでわたしを頼らずに済みますね」

「そうだな!」


 テリアンの言葉に、ラブロスは胸を張った。


「無事に街へとたどり着けたときは、礼をせねばなるまい。お主、好きな食べ物はあるか」

「この子とはここでお別れすることになりました」


 割って入ったシスターに、ラブロスはポカンと口を開けた。


「待て! 年端もいかぬ子をどうするつもりなのだ」

「どうしても残らなければならない理由があるのしょう」


 テリアンが訳知り顔でいった。


「それに、この方も残るそうですし」


 示されたおれに、ラブロスが目を向けた。疑いや不信の目ではなかった。


「名前を訊いていなかったな」

「おれか? バネッダ・ハウクだ」


 ラブロスが差し出した手が握手を求めるものであることに、おれは少し、気づくのが遅れた。


「バネッダか。俺は決して傲慢な男ではない。今回の件、見事であった。改めて感謝する」

「成り行きだ。気にしないでくれ」


 厚い手をしっかりと握り返すと、ラブロスは小さく頷いた。


「事情は知らぬが、彼女を頼んだぞ」

「頼まれるのは構わないが、第一印象とだいぶ違うな」

「こちらとしてもいろいろ知ってな。敬意を払わざるをえまい、勇者どの?」


 ラブロスの言葉に、心臓が跳ねた。


「どうして……」

「テリアンが気づいたのだ」


 そういってラブロスが自分の腰を叩いた。おれの腰のナイフの柄に刻まれた紋様は正しく勇者パーティであることを示す旗印だが、実際にその印自体が大々的に宣伝されているわけではない。勇者御一行が立ち寄り関わった者たちならば知っているだろうが、そうでない者のほとんどはそれがなにを指すものなのかなどわからないとおれは思っていた。


 半神半人、原点の勇者の背に刻まれていたとされる印をもとにした『勇者計画』を表すそれを、おれは指でなぞった。


「そもそも考えてみれば、人間でありながら不可思議な力を持つ時点で、それは人に化けた魔物か勇者御一行だろう」

「残念ながら従者だがな。それより、おれたちとどこかで会ったことがあるのか」


 ラブロスに代わってテリアンが口を開いた。


「いえいえ。小口ですがパトロンだった時代があるだけですよ」

「そういうことだ。まぁ、それを明かさぬ理由もあったのだろう。詮索は互いに避けようではないか」

「ああ。助かるよ」

「その子も頼んだ」

「いまでこそ夜逃げで心が荒んでおりますが、むかしは孤児院の維持費を払っていたほど、子ども好きな方なのですよ」

「余計なことをいうな!」


 テリアンに怒鳴るラブロスと、それを傍から見て笑うライア。ほどなくしてマチェや村人たちも姿を見せ、それぞれに別れを告げた。犠牲は大きすぎたが、これがいまのおれの限界だ。生き残った絶望を味わっている者がいないのは、おれにとって幸いだったと思う。


「あの子を、よろしくお願いします」


 別れ際にそういって深く頭を下げたシスターの表情は見えず、声色からも様子をうかがうことはできなかった。


 けれども、だからこそおれは、一つ、考えていた決断を早めたのだ。


「また遊びにきてください。たぶん、あの子も寂しいだろうから」

「えっ、それは……」

「それは、そういうことです」

「はい、わかりました。また会いましょう、バネッダさん」


 おれは笑みを浮かべた。シスターも微笑んだ。東の空がわずかに白み始めたころ、彼らは出発した。彼らの、ライアの、そして手を振るクロの笑顔に、おれは救われた気がした。



 太陽光を浴びる行為は、回復方法がきちんと機能するかをしっかりと確認してからでいいだろう。おれはそう考え、村長邸の地下へ潜った。拝借したいくつもの毛布を使って寝床を作り、眠ることにする。


 ライアはクロの子守を快諾してくれた。話したいことがいっぱいあるのだそうだ。灯りを消しておれは一人、地下の倉庫に横になった。


(もう寝た?)


 アッシュの声が、目を瞑ったおれのなかに響く。


「寝たよ」

(寝てないじゃない。少しだけいい?)

「疲れているから、少しだけな」

(うん。じゃあね、シンプルに伝えるから。バネさん、ありがとう)


 その言葉に、おれはゆっくりと目を開けた。暗い倉庫でも、目を開けてしまえばはっきりと見えてしまう。吸血鬼の異能による五感強化は当然のごとく残っているからだ。


「なんの感謝だか」

(なんの感謝でしょうか?)

「訊くなよ」

(えー、少しは乗ってくれてもいいのに)

「感謝は知らない。知ってるのは、おれにアッシュをもとに戻す責任があるってことだけだ」


 アッシュは笑った。おかしいことをいったつもりはないのだが。


(そのうち見つかるよ。感謝っていうのはね、ここにきてくれてありがとうって感謝のこと)

「アッシュに感謝されるのはおかしいだろ。そりゃあ、マチェやラブロスたちにいわれるんならわかるが……‥」

(みんなは詳しい話を知らないからね。だからわたしがみんなの分もまとめてありがとうっていうの)

「おれがこなかったら、アッシュは巻き込まれてなかったよ」

(それは違うよ?)


 アッシュがいい切った。


(わたし、臆病に見えるかもしれないけど、こういうのは見過ごせないタイプなんだよね。でもすごい力はないから、たぶん立ち向かって、本当に死んじゃってたと思う)

「知ってる」


 おれがいうと、アッシュは黙ってしまった。おそらくは疑問の沈黙だろう。


 しかし、おれは知っている。アッシュと友人が浜辺で語らうあの光景。おそらくアレ(・・)は、同化した際に見た彼女の思い出だ。あのエピソードも、それに加えて、自らの身を挺しておれを救ってくれたことも。


(知ってるの?)

「ああ。おれは詳しい話を知ってるからな」

(知らないでしょ?)

「知ってるよ。欠片ほどの勇気、だろ?」

(あー、なるほどね)


 アッシュが納得したのは、おそらくおれと一体化した際の話をライアに聞いていたからと考えたからだろう。実際にはそれだけではないが、ひとまずはこれでいいだろう。


(バネさんがきてくれたから、この被害で収まった。ここから脱出できる人が増えた。解放されたメタルクローが増えて、ガレが独りにならずに済んだ。そう考えたほうがいいじゃない?)

「ガレ派か……」


 おれの言葉に、アッシュは笑った。


(これからの予定は?)

「さっきアッシュはそのうちだなんていったけど、不死の呪いの件が解決したかどうかはわからない。ガイデルシュタインは結局消滅してしまったし、今後おれになにも影響がないとはいい切れない」

(大丈夫だと思うけどなぁ)

「なにかやりたいことがあるならいってくれ。この体はアッシュのものでもある」

(この体はバネさんのものだよ。でも、そうだなぁ……)


 少しの間ののち、アッシュはいった。


(スローライフ……)

「え?」

(どういうものかはよくわかんないんだけど、それを送りたいんでしょ? そんなことをいってたじゃない?)

「……それなんだがな。実のところ、おれも詳しくはわかっていない」

(なにそれ)


 今度は二人で笑った。地下倉庫はおれの声がよく反響する。遠慮なくひとしきり声を響かせてから、倉庫にはふたたび静寂が訪れた。おれもアッシュもなにも話さなかった。ただ目を瞑って、その静寂を享受する。


 いくらか間を置いて、アッシュが優しい声音でいった。


(バネさんは、わたしたちにとっての勇者だよ。ほかの誰でもない。バネさんが救世主なの)


 おれは無言でその言葉を受け止めた。アッシュはおれが寝たのだと勘違いでもしたのか、おやすみといってそのまま話さなくなった。


 皆を助けたい、皆を救いたい。


 なにも知らなかった時代に抱いた、おれの願い。力が足りなかったゆえに届かなかった望み。それがこの光の谷で少しだけ、叶ったのかもしれなかった。






【第一章 了】

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