小物屋さん
もとより、ここは商店街がグレードアップしてちょっとした観光地にまでなった場所だ。食べ物のほかにも、服、時計、本、財布、楽器、考えうるだいたいの店がここにあった。
しばらく商店街の中を歩いて回った後に僕が澪を連れてきたのは、商店街のストリートの外れにある、アンティークな小物屋さんだった。
高校に上がってしばらくして見つけた場所で、前付き合っていたほのかとは何度か一緒にきたけど、澪と来るのは初めてだった。なんどかここで、澪の誕生日とかで贈り物を買ったことはあるけど。
不思議な模様の入ったコップや、皿。動物やお城の木彫りの人形。ガラス細工のアクセサリー。教室くらいの大きさの店の中には、そんな品々が所狭しと、それでいて、見やすいように配置されていている。それに、だいたい四半期ごとに店の中の品物が入れ替わって、来るたびに楽しませてくれる。
僕らはそれぞれに、店に並んだ小物を見て回っていた。分かれてみているのは好みの問題で、初めてこの店に来た澪は親指サイズの人形を手に取ったり、北米や豪州のネイティブが作ったような首飾りを見てみたりと興味津々だった。とっさの思いつきだったとはいえ、この店に入ったのは悪くないチョイスだったみたいだった。
「坊ちゃん」
声をかけてきたのは、レジのところに座っている店主のおじいちゃんだった。年の割りにがっちりした体型で、浅黒い肌に白い立派なヒゲを蓄えている。それで、今日は頭には黒地に赤い刺繍のはいったバンダナをつけていた。頭につけているものは日によって違うようで、シルクハットだったり、BBキャップだったり、いろいろだ。とにかく変わったおじいちゃんだった。
店を見れば、それも当然のように思えるけれど。
「なんですか店主」
ちなみに、店の中では店主のことを「おじいちゃん」ではなく「おじちゃん」と呼ぶことになっている。
「あの子、彼女かえ?」
と、店主の目線の先には、他でもない澪である。うん。何とも答えにくい。
「冗談じゃよ冗談。冴えない男があんな美人に持てるわけないわな。フォッフォッフォ」
「おせっかいですよおじさん」
「いやいやすまんな。若いもんを見ていると、どうも昔の血が騒ぎだすもんでの。おおそうじゃ、ついでじゃ坊ちゃん、これを持っていきなされや」
そういって店長が見せてくれたのは、赤いバラの花をかたどったブローチだった。
「赤いバラは、無い」
と、きっぱりと言った。そうすると、店長は足元から大きなトランクを取り出した大仰な動作でそれを開けると、中には様々な種類の花を象ったブローチが並んでいた。
「だおうじゃ、びっくりしたじゃろ?」
「ええ、まぁ」
「実はこれ、ばあさんの形見でな」
ああ、わしの女房という意味じゃぞ? と言って、店長はニカっと笑った。そんな大事なものをあげるなんて言って良いんですか? と、問いたくなる前に奥さんいたんですか? と問いかけたくなったことは言わないでおこう。また怒られてしまう。
「うちのばあさんは、小物を集めるのが好きでな。わしもほどほど稼ぎはあったし、いつもは一緒にいてやれないばあさんとは、休みの日にはよく旅行にでかけたもんでな」
店主はスゥッと、遠くを見るような目をした。
奥さんのことを、思い出しているのだろうか。
「それでの、旅行のたんびにいろんな土産を買ってきての。まあそれが、骨董屋だったり、道端のいかがわしい店だったりしたせいでこんなことになっとるのだけれどもな」
店内を見渡す店主のには、不思議とやわらかい笑みが浮かんでいる。
「あの、店主はなんで、この店を開くことにしたんですか? 店主のお話だと、ここにあるものは、全部奥さんの形見ということになるようですけど……」
「おお、よくぞ聞いてくれたな、坊ちゃん」
そういって店主はまた二カッと笑った。
「まあ、品については半分は女房のじゃが、もう半分はわしが集めてきたもんじゃが、それはええか。
ここの店は、女房が死んでから開いたんじゃが――もう十年以上前かの――まあ、女房が買いすぎて、死んだあとの整理もままならが、しかし、捨てるのも惜しいと思っての。そしたら、ちょうど知人から商店街のスペースが開いたから使って民家と言われてのぉ。定年も迎えとったし、ありがたく使ってみることにしたんじゃが、これがどっこい、案外繁盛してな。
おと、店を出した理由じゃったな。まあ、さっき言った捨てるのが惜しいというのが本音なのかのぉ。もう一つあるとすれば、女房が生きた証が広がってほしかったのかもしれんのう」
「生きた証。ですか?」
「そうじゃよ。人間いつかは死ぬるもんじゃ。
わしは二つのことを考えておっての、ひとつは死ぬ時に楽しい人生じゃったと思えるように生きること。もう一つは、この世に自分が生きた証を残すことじゃ。二つ目は、こうして店をもって、いろんな者と話すことで、残していけるもんじゃないかと思っているんじゃな」
「そうですか……」
「そうじゃよ。だから坊ちゃんもがんばりな」
「はい」
このおじいさんがそんなことを思っていたなんて、僕は知らなかった。でも、何となく、元気が出た。
「なぁ、ぼっちゃん。それでこのブローチじゃ。バラは気に入らんかったみたいじゃが、だったら一つ、自分で選べ。わしからのプレゼントじゃ」
「え、いいんですか?」
「いいんじゃ、これも、わしの生きた証じゃ。ふぉっふぉっふぉ」
そういって差し出されたトランクから、迷いに迷った結果、ひとつのブローチを取り出した。
「それでいいんじゃな?」
「はい」
「そうか。そのまま渡しても味気ないじゃろう。ちょっと貸してみ」
店主はブローチを簡単に包装して、渡してくれた。
「まあ、頑張りなよ。彼女さんと」
二カッと、店主が笑った。
「いやだから、彼女ではないんですけどね」
少なくとも今は……。
「なお君」
「どうしたの?」
店の奥から、澪の呼ぶ声がした。どうやら、目にかなったものが見つかったらしい。そばまで行ってみると、澪が手に持っていたのは薄紫色と緑色が絶妙に交りあったまさに「和」という感じのハンカチだった。
「今日、おごってくれるんだよね?」
「…………何のことかな?」
「え、言ってたじゃん。今日は僕がおごるって」
いや、それはご飯の話じゃなかったのか……。
「冗談だよ冗談。そんな固まった顔しないでよ」
目の前で、澪が笑った。
「いいよ。半分くらいなら出してあげる」
「いいの?」
「その代りあとでアイスクリームおごって」
「なにその交換条件。いいけどさ」
結局、僕たちはそのハンカチを買って店を出た。




