告白
午後も三時を過ぎると肌寒くなって、アイスはやめてみたらし団子を食べることにした。今度は澪が馴染みの店に連れて行ってくれた。店主はやさしいおばさんで、顔馴染みだしとか、最後になるんだし、などと言って、一本おまけで付けてくれた。みたらし団子を美味しくいただいたあとは、また商店街の中を手をつないで、商店街を歩いた。やわらかい手だった。身長差のせいでちょっと歩き辛かったけど、単純に、手をつないでいられることだ嬉しかった。
商店街の中は、平日にも関わらず人が多かった。手をつないで歩く二人組の数も、少なくない。
「澪」
ん? と声を上げて、澪が顔をこちらに向けた。
「遠距離恋愛って、できると思う?」
「……また難しいことを」
「いきなりごめん」
「いいよ」
ちょっと、突っ込みすぎたかなと、そう思った頃答えが返ってきた。
「私は、両方が頑張るなら、できると思う。お互いがお互いを信頼してて、しばらく傍にいなくても、大丈夫だって思えれば」
「そっか」
しばらく、無言で歩いた。公園に出る。空いていたベンチにいっしょに座った。
澪の黒髪から、いい香りがした。すこし、心のが熱くなる。それを、無理やり抑え込んだ。
夕日がさす。山の向こうが、オレンジ色に輝いた。
あの時もこんなだったかな? と思って、それに少しだけ背中を押された気がして、つい、口を開いた。
「好きってさ、どういうことなんだろ……」
「どうしたのよまた。哲学者?」
澪の反応を聞いて、確かに他人が聞けばそう思うのが当然か。と思った。
じゃあ、僕にとっては?
やっぱり、わからない。
自分で切り出したつもりだったのに、自分でも何が言いたいのかわからなくなっていた。いや、わからないから口に出したのかな。澪が、答えてくれるような気がしたからかな。そういうところに、期待しちゃったからかな。狡いな、僕は。
「いや、そうじゃなくって。僕さ、伊波さんと付き合ってたじゃん?」
「うん」
「あの時ってさあ、僕、伊波さんに何もしてあげられなかったんだ」
口で話しながら、ぼくは別のことも考えていた。
(こうやって自分を責めてたら、澪がどうにかしてくれるって、そう思ってるのかな。)
そこにはやっぱり、ちっぽけな自分がいる。
「そんなことない。ほのかは、なお君といるのを本気で喜んでたんだから……」
そう。たぶん、そういう答えを待っていた。僕は自分が慰めてもらいたいだけなのかもしれない。
「そうかもしれないけど、でも結局、僕はダメだったんだよ。認識の違いっていうのかな……。
僕は、あの人が隣にいるだけで良かった。隣にいて、くだらない話をして、笑って、それだけで良かったんだ。でも、伊波さんはそれ以上のことをしてくれた。たくさん、幸せをもらった」
ああ、こんなこと言ってどうしたいんだろうな。困るよな。いきなりこんなこと言われたってさ。
ごめん。澪。
でも、流れ出す言葉は止まらなかった。つらつらつらと、次から次へと流れていく。
「けど、伊波さんは、僕には出来すぎた人だった。
もらった幸せが多すぎて、溜め込みすぎて、僕は雁字搦めになっちゃって。
ほら、僕はそんなに機転の回る方じゃないし、勉強とかじゃなくって、根本的に馬鹿だし…………返そうとしても、何すれば良いのかさえわかんなくなって、たくさん受け取っちゃったからこそ、逆に一緒にいるのが申し訳なくなってさ」
「なお君」
「伊波さんも、途中でそれに気がついたんだと思う。僕が振られたのは、その話を伊波さんに切り出そうとした数日前だったし…………僕は、あの人に僕を振らせたんだよ。ホントに、僕は意気地なしだよ」
「…………」
「ごめんね、澪。こんなくだらない話聞かせちゃってさ。でもね、伊波さんといると、胸の中で何かが燃えてるような気持ちになってたんだよ。それが体中に飛び火して、体が熱くなる。今はそんなことないけどね」
「……それって、やっぱり『好き』っていうことじゃないの?」
「わからない。多分そうなんだと思う。感情は、そうなんだよ。でも、わからないんだよ。からだはあつくなるけど、逆に怖くなる。このままでいいのかって…………ごめん」
「なお君。やっぱりバカだね。未練タラタラじゃん」
澪が、ため息交じりにそういった。
「さっきから、ほのかのことばっかり考えてるでしょ? 私の事なんてお構いなしなんだもん。そんなに言うなら、どうして今日、私じゃなくってほのかを誘わなかったの?」
違う。
「そんなの、できるわけないじゃん」
「でもほのかは、友達のままではいたいって、言ってたでしょ? 少なくとも、なお君の本心は、ほのかと一緒にいたかったんじゃないの?」
違う。
「そうだけど、でも、それでも無理だった」
「どうして? ほのかに、全部言っちゃえばよかったんだよ。正直に、なお君の気持ちを伝えればよかったんじゃん。どうしてできないの? どうしてそうしなかったの? どうして私がこんな目に……」
だって。
「だって、僕は、澪と一緒にいたかったから。伊波さんじゃなくって、澪と。そもそも、こんな話は伊波さんにできるわけない。澪しかい。こんな話聞いてくれるのは、澪しかいんだよ。選ぶなんてたいそうな事じゃない。始めから一択なんだよ。僕には、澪しかいなかった」
絞り出すような声だった。と思う。でも、これは偽りの言葉なんかじゃない。だから、だからどうか……。
「だから、泣かないでよ。こんなことで、澪がなく姿は、見たくない」
澪の瞳から、滴が流れ落ちていた。僕にはそれが、どうしようもなく悲しかった。こんな、僕のくだらない愚痴のせいで流された涙を見るのが、たまらなく悔しかった。自分勝手な願いかもしれないけれど、僕にそんな資格はないかもしれないけど、僕は澪に、笑顔でいてほしかった。
「なお君」
静かに震えている澪の肩を、そっとつかんだ。
「僕の『好き』は、一緒にいたいと思えるかどうかなんだよ、たぶん。僕には、ずっと熱い気持ちを持てるだけの強さはないし、優柔不断で、いつもウジウジ考えてる」
そう。僕は弱い。どれだけ何を言われても、どうしようもなく弱い。
「でも、澪と一緒にいたいって気持ちは、何よりも、だれよりも強いよ」
「…………」
「何があった日でも、澪が隣にいてくれると安心する。次、頑張ろうって思える。逆に、いないとどれだけ楽しいことがあっても、不安になるんだよ。
僕たちが大学を出るまでは、自分の夢を叶えるために、別々の場所で頑張ることになるけど、それが終わってからでいいから……そのあとは、一緒にいて」
今にもな滴が零れ落ちそうな瞳が、こちらを向いた。一瞬、見詰め合った。
「僕は、澪が好きだ」
滴は、零れ落ちた。僕は目を逸らして、太陽の最後の残り火に目をやった。限界だった。彼女が泣いているのを見るのは。
「返事が、欲しい。できれば……しばらく会わなくなる前に……」
そう、言い終わるか言い終わらないかのうちに澪は立ち上がって、僕の正面に立った。
「……お…ぃ」
「え?」
澪は、泣きながら僕を睨みつけていた。
「遅い。遅いんだよ!! なお君は!!」
「澪?」
状況が、わからなかった。
「私が、何年待ってたと思ってるの!!
私は、ずっとなお君のことが好きだった。小さい頃は自分でも気が付いていなかったけど、なお君がほのかと付き合い始めて、ほのかと一緒にいるなお君のこと見るのが辛くて、その時分かった。私は、なお君がずっと好きだったんだって!! その時から、ずっと辛かった。なお君は、いつも私に優しくしてくれてるのに、他の子とも仲良かったし、私はなお君と近すぎて、恋愛対象に入れてくれてないんじゃないかって」
「…………」
「でも、だから……遠距離でも、なんでもいい。私はずっとなお君を好きでいる。頑張る。だから、なお君もずっと私を好きでいて。私にとっての『好き』なんかじゃなくていい。なおくんの『好き』でいいから」
多分、僕と一緒で、澪は言い切ったんだと思う。
頬を伝う涙はとてもきれいで、真剣な瞳をした澪はカッコよかった。
やっぱり、僕にはちょっともったいないかな。いや、今度こそは、僕が頑張る番なんだろう。
「なお君。私は、今のなお君が好き。自分で自分を貶めてるだけで、なお君にはなお君のいいトコがある。それに、案外カッコいいとこあるんだから」
「ありがとう」
気が付くと心臓は早鐘のように鼓動していて、でも、澪のおかげで少しだけ落ち着いた気がした。落ち着いてから、僕は思い出した。僕は、ポケットの中から一つの包みを取り出した。
「これ、澪にプレゼント」
「え……」
「澪が紫と緑のハンカチを買ったとこで……僕が選んだ」
「ありがと。あけても、いい?」
「もちろん」
澪がぎこちなく袋を開けていく。蓋をあけると、そこにあったのは、ある花のブローチだった。
「きれい。
でも、これは、何の花? わたし、詳しくなくって……」
「シザンサスっていう花。花言葉は、『いつまでも一緒に』。本当はね、花束でも作ろっかと思ったけど、予算がね」
そういって、少し笑う。ただの照れ隠しだ。
「関係ないよ。気持ちだけで、十分」
「そういってもらえるなら、嬉しい」
夕日は沈みかけていて、あたりはもう暗くなり始めている。電灯や店の光が、あたりを照らす。
もう一回、僕は右手を差し出した。
「帰ろっか」
澪の左手は、今度はしっかりと、僕の手を握った。
「なお君」
「なに?」
「大好き」
暗がりの中、輝いて見える澪の笑顔が、何よりも愛おしかった。
*** ***
僕らが立っているのは分かれ道で、僕らは別々の夢に向かって第一歩を踏み出した。
今はただ、その道を一歩ずつ歩いて行くしかない。
けれど、二本の道が交差するところに出会えたら……
その時は、どうか隣を歩かせてほしい。
どれだけ険しくて、曲がりくねっていても、僕はその道を、君と一緒に歩いていたい。
それが僕にって、一番幸せな事だから。
これにて、拙作『この日常を忘れない』は完結となります。
最後まで目を通していただいた方、誠にありがとうございました。




