真実の向こう側12
「あなた…………」
目つきの鋭いその男は、バーン城で見たことのある人物。
トルナード男爵家の執事だった。
「やっぱりな。おまえがヴァデラーか」
えっ!? ヴァデラー!?
二度見どころじゃない。思わず五度も六度もお兄さまと執事の間で視線を往復させた。
これはなに? なにがどうなっているの?
ヴァデラーって、サエウム伯爵の裏稼業を担っていた人よね。
モリフ家の執事は裏で海賊を資金援助している疑いがあるって、お兄さまは言っていたけど。
同一人物?
──でも、そうだ。男爵が毒殺されたとき、トルナード男爵夫人に羽舞草の花を見せたのはこの執事だった。私もそれは怪しいと思ったのよ。
「いつから気づいていたんですか」
「まあ、つい最近、とだけ言っておこうか。おとなしく執事の仕事だけしていればよかったものを。バカだな」
ヴァデラーは困ったように笑いながら髪をかき上げた。
「できれば私もそうしていたかったのですが。一度足に絡みついたものは、なかなか振り払えないものでしてね」
「自業自得だな。……俺の要件は言わなくても分かるよな?」
「そうですね、だいたいは。それで、ミリは返してもらえるんですかね?」
「どうだろうな。それはこの娘次第じゃないのか」
そう言って、お兄さまはミリッシュの手をかるく引いてみせた。
「ヴァデラー! あなた、私を裏切ったら許さないわよ! 交渉なんて必要ない。もう私自身の手でなくてもいいわ。早くアモル伯爵夫人を殺してちょうだい! 私は赦せないのよ。謀略のためにラヴァンを殺したその男が!」
ミリッシュがまっすぐにアモル伯爵を指差す。その目は獣のように鋭い光を宿していた。
ああ、ミリッシュ。あなたは自分がなにを叫んでいるか分かっていないのね。
アモル伯爵夫人はあなたが愛した人の母親であり、アモル伯爵はあなたが愛した人を守ってくれた人なのよ……。
「ミリ、もうやめないか。俺はおまえに死んでほしくない」
意外にもヴァデラーがミリッシュを説得しにかかった。その切なげな声に、以前お兄さまの言っていたことがふと脳裏をよぎった。
トルナード男爵家の執事は過去にサエウム伯爵が隠していた大事なモノを掻っ攫っていったと言っていたけど、もしかしてそれはサエウム伯爵が人質にしていたミリッシュのことなんじゃ……。
アモル伯爵もミリッシュを助け出そうとしたけど、けっきょく見つからなかったと言っていたし。
ミリッシュの婚約者というのも、もしかしてヴァデラーのことだった?
だとしたら、ヴァデラーがミリッシュの計画に協力したというのも頷ける。
「バカバカしい。私に死んでほしくないですって? なに言ってるのよ。死んだほうがましだと私に思わせたのはあなたのくせに。私が忘れたとでも思っているの? あなたが私の母を殺したことを! 今さら善人ぶったこと言われても気分が悪いだけだわ!」
「ミリ……」
「母さんもラヴァンも卑怯なやつらにまんまと利用されて殺されたのよ、虫けらみたいに!」
ミリッシュが一瞬うつむいたかと思うと、次の瞬間には真紅が宙に軌跡を描いた。
それはミリッシュが引き抜いたナイフについた鮮血。
「お兄さまっ!」
「シュリア! さがれっ」
よく通るお兄さまの声はたしかに私の耳に届いたけど、自分がどう動いたのかは分からなかった。
悲鳴が入り乱れて谺し、人がぶつかり合う。
血のにおいに、吐きそうになる。
もういやだ。こんなことばっかり。
もう誰の血も見たくなんてないのに。




