訪問者9
「──まあ、よかろうよ。好きにしな。ただし、五日だけな。それ以上は俺が好きに動く」
「え、いいの? ほんとに?」
「俺に二言はないし、駆け引きならシュリアより上のつもりだぞ」
「えーと、それは何か裏があるという意味でしょうか」
「さあ、どうだろうな」
不敵に笑いながら、お兄さまは席を立った。
「ところでシュリア。おまえはなんでメリディエル家の嫁に選ばれたか知っているか」
「え? それは私がレールティ家の娘で、メリディエル家と釣り合いが取れているから……じゃないの?」
「まあ、概ねそういう解釈で間違ってはいないが。正確には、メリディエル家の後継者争いのためだ。おまえを嫁にもらうキアルは今のところ跡継ぎとして遇されているが、実際には今も異母兄とその地位を争っている。だから、その後ろ盾としてレールティ家を欲したのさ」
ああ、どうして私はお兄さまが縁談のことについて何も知らないなんて思ったんだろう。そんなわけないのに。
お兄さまは最初から何もかも知っていて、知らないふりをしていただけなんだ。
あのとき怖がらずにちゃんと正直にお兄さまに相談していたら、少しは違う未来が待っていたのかな。
もう今さら何を言ったところで遅いけど。
「ふぅん? それで、それがどうかしたの? そんなの、私には関係ないよ。道具として利用されようとどうしようと、私は私に課せられた使命を果たすだけだもの」
「使命ね。そういうのが子供っぽいって言うんだがな」
「それ、どういう意味?」
テーブルに片手だけ置いた状態で、お兄さまは心持ち顎を上げて私を見下ろしていた。
「おまえ、自分を抑えつけて物分かりがいいふりして、それが大人だとでも勘違いしてんじゃないか? もっとよく考えるんだな」
「なんで……急にそんなこと言うの」
それは私がラウラスのことを諦めて、メリディエル家に嫁ぐことを言っているの?
私とおばあさまが交わした取引については、もう当然お兄さまの耳には入っているだろう。だけど、だからって何なの?
だって、仕方ないじゃない。いくら想ったって、ラウラスは最初から私とは結ばれるはずのない人なんだから、諦めて何が悪いの。
勘違いな大人でもいいもん。
私の選択はラウラスを守るためだし、間違っていたなんて思わない。
私は、手に入らないものをいつまでも欲しがる駄々っ子にはなりたくない。
そんなことしたって、けっきょく誰も幸せになれないじゃない。
現にラウラスは私のせいで、大事なものをたくさん失いかけたんだから。
ラウラスには何の落ち度もないのに、自分勝手な私のせいで──。
だからもう、自分勝手はやめるって決めたの。
もともとラウラスは私のことなんて何とも思ってないんだから、私がいなくたって関係ないんだし。
「まったく……バカか。そんな泣き方するな」
呆れ顔でそばに来るお兄さまから、慌てて顔を背ける。
「どうせっ。どうせ私はお兄さまと違って頭が悪いもの! お兄さまには……何でも手に入れられるお兄さまには、私の気持ちなんてわからないよ!」
流れてくる涙に腹が立つ。
みっともなく喚きたてる自分にも腹が立つ。
ああ、なんで《真実の雫》を置いて来ちゃったんだろうな。あれがあったら、音も色も感触も何もない世界にいられたのに。
ずっとずっと、何も感じない世界にいられたのに。
「ほんっとバカだな、おまえ。泣くならちゃんと泣け。中途半端に大人ぶってもいいことなんてないぞ。シュリアなんだから」
「なによ、それ」
笑いたかったけど、全然うまく笑えなくて。
けっきょくお兄さまに抱きついてわんわん泣いてしまった私は、まだまだ子供でしかないんだろう。
我ながら情けなかったけど、ここにはお兄さましかいなかったし、お兄さまも突き放したりせずに私の背中をずっと撫でてくれていたから、それこそ子供のように泣きじゃくった。涙なんて涸れても泣けるんだと知るくらいに。
「なあ、シュリア。ほんとうの大人ってのは、失敗しても、辛い別れを選んでも、ちゃんと次の一歩を踏み出して自分を幸せにできるやつのことを言うんだ。覚えときな」




