訪問者4
メリディエル家の別邸にある庭は、ラウラスの言葉を借りれば「時の止まった庭園」だった。
せわしなく足を動かして歩いていても、すこしも前に進んでいる気がしない。
型に嵌めたかのように完璧な形に刈り込まれている灌木。少しの乱れもなく幾何学模様が描き出されている柘植の刺繍花壇。
噴水の落水音はどこか粘着質で、こっちに寄るなと、脳天から背中まで冷たい爪でゆっくりと掻き切られるような錯覚さえおぼえた。
どこまで行っても、見えない何かに追い立てられているような気分。
「ほんとうね、ラウラス」
どこに行っても、すでに完成している世界からは存在を弾かれてしまう。行き場が分からなくなってしまう。
もともとこういう庭園は散策するためというより、上から眺めるために設計されているものだから、人が庭園のなかに居場所なんて見つけられるわけがないのだけど。
羽舞草の作用について調べたあとは完全に手詰まりで、それ以上バーン城での事件について迫ることは出来なかった。
ミリッシュを探そうにも、私が屋敷を抜け出して直接動きまわるわけにはいかなかったし、人を使おうにも、ここには私の付き人はほんとうに限られた人数しかいなくて動かしようがなかった。なにせバーン城から直接来たのだもの。
メリディエル家に嫁ぐにあたって必要な人や物は、おばあさまが婚礼までに揃えてくれるという話だったけど、その婚礼というのは来月半ばにあるのだそうだ。
婚約どころか、すでに結婚の日取りまで決まっていたことが憎らしい。
イデルの手紙によれば、お父さまから私宛てに届いた文は、すべておばあさまのところで止められていたのだとか。それで、おばあさまが私の名前で勝手に返事を出していたらしい。
どうりで最近、お父さまからの文がなかったわけだ。
べつにわざとではないのだけど、私はふだんからおばあさまと意見が対立することが多くて、結果的に反抗ばかりすることになっているから、今回の縁談についてもおばあさまが警戒したのは理解できる。
実際、私が事前にありのままを知っていたら、破談にするための手段をもっとあれこれ講じていたに違いないもの。
もう終わってしまったことだし、この結婚について今さらぐだぐだ文句を垂れるつもりはないけど。
女神をかたどった石像に背中をあずけ、緑一色の庭園をながめる。
ほんとうに花というものが見当たらない味気ない庭園。
こんな庭園を愛したという前国王の感性が理解できない。
メリディエル家の本邸であるシカトリス城の庭園もここと同じだったら悲しいな。
……ううん。どんな庭園だったとしても、彼はそこにいない。
どんなに探したって、見つかりはしないのだ。
「帰ろ……」
やっぱり書庫に籠もっているべきだったな。庭園になんて出てくるんじゃなかった。
「なんだ、もう帰るのか」
「ええ、少し風が冷たくなってきたので──」
また庭師か誰かが話しかけに来たのかと、とっさにお嬢さまらしく笑みを浮かべたけど。
「え……あ、お……?」
振り返ったそこにいたのは、まったく予想だにしていなかった人物だった。




