決断12
部屋を出たら、そこにはカルディアがいた。
見張りとして立っていたはずのおばあさま付きの従者は、どういうわけか眠りこけてしまっている。
目を瞬かせる私に、カルディアは麻紙を差し出してきた。そこには綺麗な文字で短い文章がつづられていた。
《ラウラスさんの件は、グラースタ伯爵に伝えておきました。きっとすぐに対処してくださるはずです》
その言葉に、自然と私の頬の筋肉がゆるんだ。
「ありがとう」
私がそう言うと、今度はキャナラが紙を差し出してきた。
《朝になったらソルラーブへ行かれると聞きました。今ならまだ時間があります。私たちが協力致しますから、どうぞラウラスさんのところへ》
言葉にはされていなかったけど、きっと私のラウラスへの想いも知られてしまっているんだろう。世話焼きらしいキャナラの行動に、思わず微苦笑が浮かぶ。
「ありがとう。少しだけ待っててくれる? 持って行きたいものがあるから」
せっかく機会をつくってくれるというなら、申し訳ないけど、その厚意に甘んじよう。きっとこれが最後のチャンスだから。
昏睡状態に陥っているラウラスの手は、まだ異常に熱かった。
いつも花たちにめいっぱいの愛情を注いでいた優しい手。
両手で包み込むようにしてその手を握り、頬を寄せる。
「守ってくれてありがとう」
キャナラたちが協力してくれているとはいえ、あまりここに長居するわけにはいかない。
キャナラは物語のような恋の展開を期待して私にこの時間をくれたようだったけど。
昏睡しているラウラスが都合よく目覚めるはずもなかったし、再会の約束なんかも出来るわけがなかった。
そもそも私はそんなつもりでここへ来たわけじゃない。
ブレスレットを外し、ラウラスの乱れた髪を手櫛でととのえる。
明かりは私が持ってきたランタンしかなかったので、かなり薄暗いなかだったけど、ラウラスの表情が思ったほど苦しげではなかったことに少しだけ安堵した。
ラウラスから借りていたリボン、まだ濡れたままだったけど、ベッドの頭の部分にかけておく。
幼いころ、私がお母さまを探し歩いたブリアールの庭。
探しても探しても会いたい人が見つからなくて、悲しい思いをした庭。
いつしか庭を歩くことが嫌いになって、拗ねたような気持ちで外にもほとんど出なくなった。
ときどき窓からぼんやり眺めるだけになっていた庭園に、薄紅色の薔薇が咲いているのを見つけたのは十二歳の秋。
春にだけ咲くはずの薔薇が秋に咲くなんて。
ふと興味をおぼえて庭に出てみると、薔薇のそばに庭師の彼がいた。
「まだ植えたばかりで、あまりうまく咲いてもらえなかったのですが」
そう言ってはにかむ彼こそが、春にしか咲かないはずの薔薇を四季咲きにし、秋にも咲かせてみせたラウラスだった。
「来年はもっと素晴らしい姿を見せてくれるはずですから、よろしければまた観にいらしてください」
薔薇を褒めたら、それはそれは嬉しそうに笑った彼が印象的で、薔薇を見るためというより、次第にラウラスに会うために庭に出るようになっていった。
庭に行けばラウラスが笑顔で迎えてくれる。
ブリアールの庭は、会いたい人がいる場所になった。
いい思い出がなかった場所を、なにより楽しい場所に変えてくれた人──。
大好きよ、ラウラス。
「さようなら」
眠るラウラスの額にそっと口づけ、私は踵を返した。




