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決断9

「びっくりした。何かと思ったわ」


 振り返った先にいたのは私の侍女キャナラだった。

 私がアモル伯爵夫人のお屋敷へ薬草をもらいに行こうとしたとき、しぶる家令に対して自ら人質になることを買って出てくれたのに、まだただいまもありがとうも伝えていなかったことに気づく。


「遅くなってごめんなさい。さっき無事に薬を持って帰ったわ。キャナラのおかげよ、ありがとう」


 けれど、キャナラが笑顔を見せたのはほんの一瞬だった。すぐさま緊迫した表情になって、なにかを喋りだす。


「ごめんなさい。今、耳が聞こえないの」


 それだけで私の状況を理解したらしいキャナラは口をつぐみ、右手を差し出してきた。心を読めということだろう。

 キャナラのただならぬ様子にすこし気圧されつつ、手をとって口づける。


【ラウラスさんに使われた毒が何か分からないそうです。思い当たる薬を与えてみても、容体が悪化するいっぽうで。苦しみ方が尋常じゃないんです。このままでは彼、きっと死んでしまいますわ】


「な……っ!」


 そうだった。そもそもここの医師が役に立たなかったからラウラスをバーン城に呼び寄せたわけで、トルナード男爵夫人やイデルを診たのはラウラスなのだ。そのラウラスが倒れたら、いったい誰が彼を診てくれるというのか。

 迂闊だった。


「キャナラ、よく聞いて。今、イデルのそばにカルディアという女中がいるから、彼女に今すぐお兄さまに文を出すように言いなさい。ありったけのラウラスの状態を書いて、うちの医師から考えられるだけの返答をもらうのよ!」


 カルディアは、何らかの方法でお兄さまと素早く連絡を取り合える手段を持っているはず。


「それから、アモル伯爵夫人のところにも同じ内容の文を出して!」


 死なせたりなんてするもんですか。

 ラウラスは助ける。絶対に。


 なりふり構わず走ってラウラスの部屋に飛び込んだ私の目に映ったのは、一瞬何が起こっているのか理解できないほど異様な光景だった。

 数人がかりでベッドに押さえつけられているラウラスは、何か叫ぼうとしては引きつったようなおかしな呼吸を繰り返し、それでも自分を押さえつけている人たちを振り払おうとひどくもがいていた。


「何してるのよ! ラウラスに乱暴なことしないで!」


 駆け寄ろうとした私を使用人らしき長身の男が阻む。けど、体当たりで押しのけて、ラウラスのそばに走った。


「ラウラス! どうしちゃっ……」


 その顔を覗き込んで、思わず息を呑んだ。

 そばにあった燭台を引っつかみ、もう一度ラウラスの顔をまじまじと見つめる。その目を。


「ラウラス? 私よ。シュリアよ。わかる?」


 応えがなかった。

 そもそもまったく焦点が合っていない。それどころか、燭台の明かりが目の前にあるというのに、瞳孔が開いたままだ。それも、異常なほどに。

 ラウラスの瞳は明るい緑のはずなのに、今は瞳孔が開ききって黒にしか見えなかった。


「ラウラス?」


 もしかして、目が見えていない?

 なおも起き上がろうとするラウラスを、男たちが躍起になって押さえつける。


「やめてったら! 乱暴しないでって言ってるでしょ!」


 ラウラスは誰かに危害を加えようとしているわけじゃない。むしろその逆だ。何かにひどく怯えて、縋るように何かに手を伸ばしているように見えた。


「大丈夫。怖くないわ。大丈夫よ、ラウラス」


 宥めるように何度も背中を撫でる。

 呼吸は荒いままだったけど、その吐息の隙間に、ラウラスが母親に赦しを乞うているのが分かった。何度も、何度も。


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