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決断1

 ちょうど商人たちが多く行き来する頃合いなのか、思ったよりも舟の往来が多くて、私たちはさほど待たされることなく舟に乗ることができた。

 直前に出た舟にお客がほとんど乗ってしまったらしく、私たちが乗った舟の乗客は少なかった。私とラウラスの他は、眠そうな顔をしているお爺さんと、立派なひげを生やしたおじさんだけだ。どちらも平らな帽子をかぶっていたので、おそらく商人だろう。


 彼らからはすこし離れた舟の床に座り込み、アモル伯爵夫人の屋敷で新しく入れなおしてもらった酔い止めのお茶を飲みながら、ぼんやりと空をながめる。

 ギィギィと舟がちいさく軋む音が時折耳についた。


「ねえ、ラウラス。男爵があんなことになったのは例の伯爵の呪いだっていう噂があったじゃない? おぼえてる?」


 他の人の耳もあるので、具体的な名前などは避けて話す。


「ええ、もちろんおぼえています」


「じつはね、あの噂、あながちデタラメでもなさそうなのよ。婚約者を奪った男爵への恨みとか、そういう話ではなくてね」


 イデルが倒れたことですっかり記憶の彼方に押しやられていたけど、私はあと三日でトゥーアルの地を離れてブリアールに向かわないといけないのだ。そのためには、羽舞草事件の真犯人をつきとめて私の容疑を晴らす必要がある。


 トルナード男爵夫人が意識を取り戻したから、夫人が私を弁護してくれるとは思うけど、あの家令に根拠を問われたら答えに窮するに違いない。

 まさか自分がかつてサエウム伯爵を羽舞草で毒殺したからシュリア嬢は無関係……なんて、言えるわけがないだろうし。


「噂がデタラメではないかもしれないとは、つまりどういうことですか?」


 首を傾げるラウラスに、ちょいちょいと耳を貸すように合図する。

 もともと小声で話していたけど、さらに小声で囁く。


「じつはトルナード男爵夫人がサエウム伯爵を毒殺していたらしいのよ」


「え……っ」


 まあ、驚くわよねと、かるく息をつきながら、また空を見上げる。


「実際に伯爵の城は炎上しているわけだし、この薬草をくださった方の旦那さんが放火犯を捕まえて、敵対勢力側の仕業だっていうことを暴いているわ。だから、政治的な面で実際に伯爵の殺害計画があったのは確かなんだろうけど。でも、実際には城が炎上する前に伯爵は亡くなっていたのよ。どうやら夫人はそのときに羽舞草を使ったみたい。私は真実を知った伯爵の身内が、同じ手口で夫人への復讐を考えたんじゃないかと思ってるんだけど、ラウラスはどう思う?」


「そうですね……」


 ラウラスはすこし目を伏せ、いつものように首もとの翡翠を指先で転がした。

 ラウラスの生い立ちを知ったせいか、今まで何とも思っていなかったその仕種までが急に気になってくる。

 ラウラスにとって、あの翡翠にはどんな意味があるのだろう。

 もっと彼のことを知りたい。もっといろいろなことを。もっともっとたくさん。


「同じ手口を使ってというのはどういうことでしょう? 夫人はかつて伯爵にもパイを食べさせたということですか?」


「あ……えっと、いいえ」


 ラウラスの声がまるで危険物のようだった。一瞬、心臓が爆ぜるかと思った。

 いきなりどうしたというんだろう。

 急に体が強張ってしまって、息がうまくできない。


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