決断2
浅い呼吸を繰り返しつつ、トルナード男爵夫人の記憶を思い起こそうと、なんとか意識を集中させる。
「伯爵にはパイではなくて、水差しに羽舞草の花を入れたようよ」
「水差しに羽舞草の花、ですか……?」
「ええ」
夫人はどうしてそんな愚かなことを考えたのだろう。
恋は盲目というけれど、本当にそこまで人を狂わせてしまうものなのだろうか。
なにも伯爵を殺さなくたって、好きな人とふたりで駆け落ちすればよかったのに。
そんなふうに思ってしまうのは、私が他人だからだろうか。
もしも実際に私がトルナード男爵夫人の立場だったら……。
いや、もしもじゃない。まさに今の私だ。
結ばれるはずのない人に想いを寄せて、望んでもいない人と結婚させられそうな、この状況。
ラウラスのことは好きだけど、お兄さまやお父さまやイデルのことも好きだし、大事だ。捨てることなんてできない。
実際、私は縁談がきたときに駆け落ちなんて考えなかったし、それより話が破談になるよう画策した。
……まあ、私の場合は完全な片恋で、ラウラスは私のことを何とも思ってないから、そもそも駆け落ちなんて出来ないんだけど。
結婚するはずの相手が死んでくれたら、それはもう願ってもない運に恵まれた展開といえる。
私はそこまで考えなかったけど、トルナード男爵夫人は考えてしまったのかもしれない。
「お嬢さま、それではダメですよ」
「え? ダメって、なにが?」
一瞬、あわてて自分の腕にある《真実の雫》を確かめてしまう。
なにか心を読まれてしまったのかと思ったけど、冷静に考えればそんなことがあるはずはない。
ホッとして息をついたものの、アモル伯爵夫人のお屋敷で《真実の雫》の力を使うためにラウラスの手の甲に口づけたことを思い出してしまい、顔が発火するかと思うくらい熱くなった。
「お嬢さま? 大丈夫ですか? 気分が悪くなったのでしたら、無理せずおっしゃってください」
「ひゃっ! え……あ、平気よ。そんなのじゃないわ」
ただ目が合っただけなのに、心臓を串刺しにされたような衝撃が走る。
なんだろう。そばにいるのが、急にきつくなってきた。
「そそ、それより、ダメって何のこと?」
床板に目を落とし、不自然に思われないよう必死に喉をしぼる。
「羽舞草の話ですよ。お嬢さまは、以前に私が申し上げたことを覚えていらっしゃいませんか? 羽舞草は草全体が有毒ですが、致死量を摂取可能なのは種だけだということを。たしかに羽舞草の毒が溶けた水を飲めば中毒を起こしますが、命を落とすことはないはずです」
「えっと、それはつまり……?」
「水差しに花を入れただけというのが事実なら、伯爵は亡くなってはいなかったということです。夫人は、ただ自分が殺したと思い込んでいるだけなのでは?」
「いや、でも、そんなことってある? 殺そうと思って用意する毒の効果を正確に知らないなんてことが」




