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門の内側7

「わかったわ。敬称は許すわ」


「ありがとうございます」


 なんだかおかしなことでお礼を言われているような気もしたけど、それ以上はもう考えないことにした。

 ただ、〝お嬢さま〟だから何も話せない、相談できないとは言われたくなかった。

 ミリッシュだって、それで大切な髪留めを手放したのだ。私は大事な友人だと思っていたのに……。

 みんな、私に本当のことを言ってくれない。〝お嬢さま〟だから。


「それで、ラウラスはどうしてお父さまと仲が良くないの?」


 ラウラスは苦笑いを浮かべた。しつこいと思われたのかもしれない。


「……何でしょうね。性格が合わないといいますか、そもそも私の存在が悪いといいますか……。おまけに、私はいま庭師をしていますしね。おそらく父が知ったら気を悪くするでしょう」


「え? でも、お父さまも庭師なんでしょう? そこは自分の仕事を継いでもらえて喜ぶところじゃないの?」


「息子であれば、そうだったでしょうね」


「……まさか、ラウラスはじつは女だったとか、そういう話……?」


 たしかにラウラスが男装の麗人だと言われれば、それもそうだなと納得してしまえるだけの線の細さと美貌の持ち主ではある。

 思わず疑惑の目でじろじろ見てしまった私に気づいたのか、ラウラスはおかしそうに笑った。


「そんな話だったら面白いんですけどね。残念ながら、私は正真正銘の男ですよ。ただ、彼と血の繋がった息子ではないというだけです」


 なんだ、そうか。よかった。

 今さら女だと言われたらどうしようかと思った。新しい境地を拓かないといけないかと思ったわ。


「血が繋がってないということは、ラウラスは養子ってこと?」


「そうですね、そんなところです」


 そう言ってラウラスはくるりと背を向けた。


「そろそろ薬草の支度ができたころだと思いますので、見てまいりますね」


「待ってよ。そんなところって、どんなところなの?」


 いつもの私なら、こんなに食い下がることはなかったはずだ。余計なことを言ってラウラスに嫌われたくはないから。

 でも、今回はあからさまに背中を向けられたことが無性に悔しくて、悲しかった。

 いいえ。そんなことよりも、一瞬垣間見えたラウラスの表情があまりにも悲痛で、そのまま見ないフリをするのは無理だった。


「私じゃ話すに値しない?」


「いえ、そういうわけでは……。ただ、聞いたってなにも面白くない話というだけです」


 その瞬間、ブチッと、私の中で何かが切れた。


「あなたはっ、私が面白がるために訊いてるとでも思っているの? バカにしないで。あなたこそ触れられたくなくて嘘をつくくらいなら、最後まで嘘をつき通してよ! 平気な顔していてよ! 中途半端に傷ついた顔を見せて突き放すようなことしないで!」


 言いがかりも甚だしいと思ったけど、止められなかった。

 私はラウラスの心を読むつもりはない。だから、たとえ嘘をつかれたって分からない。道化になっていたって分からない。

 それと同じで、ラウラスが胸の内に何を抱えていても、彼がそれを見せないかぎり私は分からない。隠したいなら、最初から何も見せないでほしい。

 あんな顔をされたら、手を伸ばしたくなってしまう。何でもいいから助けになりたくて。


 でも、ラウラスにとって、私はお嬢さまで。

 お嬢さまという名の、ただの記号でしかなくて。

 中身なんてない、空っぽの人形のようなもの──。


 ただただ不甲斐ない。

 いつもいつも大切に思う人たちの役に立てない自分が。

 〝お嬢さま〟でしかない自分が。


「すみません、お嬢さま……。あの……、泣かないでください」


「お嬢さまじゃないわ! 私はシュリアよ!」


「シュリアさま、ほんとうにすみません」


「なによ。それはいったい何に対して謝っているの? 私……わたしは……っ」


 だんだん自分でも何を言いたいのか分からなくなってきて、言葉に詰まる。代わりに、涙だけがぼろぼろこぼれた。それもまた腹立たしくて、何度も何度も乱暴に袖で目もとをこすった。


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