門の内側8
「シュリアさま」
ラウラスの手がそっと私の腕に触れた。
「おやめください。そんなにこすっては肌が傷ついてしまいます。──そうですね。シュリアさまのおっしゃるとおりです。私は狡くて卑怯な人間なんです」
「……私、そんなに悪くは言ってないわよ?」
貴族の息子とかだったら、ここで小粋にハンカチのひとつでも差し出したり、自らの袖で私の涙をぬぐったりする場面なんだろうけど、平民のラウラスは〝お嬢さま〟の私にそんなことはしない。──しないというより、できないといったほうが正しいかもしれないけど。
ラウラスはただ、少し視線を落として見ないふりをしてくれるだけだ。
でも、私にはそれで十分。
改めて涙をぬぐい、深呼吸する。
「あなたの話、聞いてもいい? 私は退屈しのぎに話が聞きたいと言ってるわけじゃないの。何かあなたの力になれることがあるならって、そう思うから……」
「そのお気持ちはありがたいですが、誰かに力になっていただくようなことでもありませんし、ほんとうにつまらない話ですよ」
私は思わず振り上げそうになるこぶしを抑えるのに必死だった。
「だからっ、そういうのは求めてないって言っているでしょう。言いたくないなら、はぐらかさずにはっきりそう言えばいいのよ。そうしたら、私も無理に訊いたりなんかしないわ」
「……すみません。どうも私はこういうのは苦手でして」
ラウラスが火の入っていない暖炉のそばに置かれている椅子をひき、無言で私に視線をくれるので、私も黙ってそばへ行って椅子に腰かけた。
「私は母の意向でウィリディリスの姓を名乗ってはいますが、父と血の繋がりはないのです。私は母と異国人の間にできた子供だったので」
「それはお母さまが再婚だったってこと?」
「いえ、そうではありません」
「じゃあ、まさか浮気?」
「それも違います。相手はお尋ね者、とでも言えばお分かりになりますか?」
え……と。かなり遠まわしな言い方だけど、それはつまり、野放しになっていたろくでもないどこぞの罪人が、さらにラウラスのお母さまに対しても罪をはたらいたってことだろうか……。
「私を産んだ母は、けっきょく精神を病んでしまい、父は諸悪の根源である私を昔からひどく疎んじているのですが、母が亡くなった今となっては、私を息子とも養子とも思っていないのです」
いや、諸悪の根源はラウラスじゃなくて、罪をはたらいた男のほうでしょうと思ったけど、なぜか口にできなかった。
「だから、ラウラスは庭師になったの? お父さまとの繋がりを切らないために」
「いえ、私が庭師をしているのはたまたまと申しますか……。単なる成り行きです。自分の手で植物を育てるのが好きで、本来はただ植物の研究をしているだけの人間ですから。父は関係ありませんよ」
なんだか少しだけ、わかったような気がした。さっきラウラスが「苦手」だと言ったことが。私がラウラスにとって記号的な〝お嬢さま〟である理由が。




