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門の内側6

 女性を貸してほしいだなんて、ラウラスはいったい何を言い出すのかと思ったら、なんのことはない。私の傷の手当てをさせるためだった。

 アモル伯爵夫人に頼んだ薬草も私の怪我に使うためで、ラウラスがその場ですぐ塗布薬にしてくれた。

 隠していたつもりが、怪我のことをあっさり見抜かれてしまったことが恥ずかしかったし、情けなかった。

 結局またラウラスに余計な手間をかけさせてしまった。


「私の怪我なんてたいしたことないのに」


 ボソッと呟いたら、どうやらラウラスに聞こえてしまったらしい。


「最初に夫人から譲っていただいた薬草が足りないくらい怪我をしていらした方が何をおっしゃいます」


 いつになく厳しい口調でぴしゃりと切られた。


「私も迂闊でした。一見して大丈夫そうだからと、安易に考えて。お嬢さまが人並み外れて我慢強い方だと知っていれば、あのとき無理にでも薬草師の店に戻って手当てしておきましたものを」


「でも、そうしたら舟に間に合わなかったかもしれないでしょう?」


「それでも、薬草を分けていただくだけの時間はあったはずです。小さな怪我でも放置していれば取り返しのつかないことになる場合もあるのですよ。私がついていながらお嬢さまをそのような状態にさせてしまったとあれば、ブリアール侯爵にもグラースタ伯爵にも顔向けできません」


「…………ごめんなさい」


 自然とうつむいてしまう。

 ラウラスがこんなに強く物を言うことなんて初めてで、よほど怒らせてしまったんだなと気持ちが沈んだ。


 ラウラスは小さく息をついた。


「謝らなくて大丈夫です。きちんと確認しなかった私がいけないのですから。私のほうこそお嬢さまに失礼な物言いをして不快な思いをさせてしまって申し訳ございません」


「いいのよ。それこそラウラスが謝る必要なんてないわ」


 ほんの少しだけ視線を上げたら、ラウラスはいつものように優しく笑っていた。


「今度からはちゃんとおっしゃってくださいね」


「ええ。そうするわ。でも……」


「でも、何です?」


「呆れてしまったでしょう? 私のこと、嫌になってしまった?」


「なぜですか? そんなはずありませんでしょう」


 溜息をつきそうになるのを、なんとか堪える。

 いくら言葉で確認したって虚しいだけなことくらい、よく分かっているのに。

 言葉だって表情だって、いくらでも取り繕える。

 そもそもこんなことを訊くなんて、とてつもなく面倒くさい女だ。そんなこと自分でも分かっているのに。

 ラウラスにまで嘘をつかれたくない……。

 本当は嫌な気持ちを抱えているのに、無理して笑っていてほしくない。

 そうして、また私一人だけ勘違いして道化のようになるんだ。そんなのは、もう懲りごりだ。


「お嬢さま? すみません。そんなつもりで申し上げたわけではなかったのですが……。このくらいのことで私がお嬢さまを嫌ったりすることなど有り得ませんから、どうかお顔をお上げになってください」


 大好きなラウラスのやわらかくて優しい声が鼓膜からではなく、額から入り込んで体に染み込んでいくようだった。

 なぜか手が震えた。

 そっと顔を上げたら、ラウラスと目が合った。


「大切なお嬢さまに万一のことがあってほしくなかっただけです。どうかお赦しを」


 そう言ってラウラスは頭を下げた。

 ラウラスは本当にただの庭師とは思えないくらい所作に品がある。

 そういえば……と、アモル伯爵夫人が言っていた言葉を思い出す。


「ラウラスって宮廷庭師の息子だったのね。私、都の庭師のことなんて何も知らないし、誰もそんなこと口にしなかったか……ら……」


 しまったと思ったときにはもう遅かった。ラウラスの表情はまた冷たく凍りついていた。

 あまりの迂闊さに、自分の頭を叩きたくなる。


「……あ、あの、ごめんなさい。えと、その……ラウラスはお父さまと仲良くないの?」


 私のバカあぁぁ。

 だから、逆につっこんでどうするのよ。ここはそれこそ華麗に流さないといけないところじゃないの!

 今度こそ自分の頭を殴りつけてやりたくてラウラスに背を向けようとしたら、ふっとラウラスが口もとをゆるめた。


「そんな顔をなさらないでください。すみません、お嬢さまに気を遣わせてしまって。お嬢さまのおっしゃるとおり、私は父とは不仲なもので」


「それは聞いてもいいこと?」


「かまいませんよ。ただ、お嬢さまのお耳に入れるような話ではないかと」


 遠まわしに拒絶されているのは分かったけど、その言い方に腹が立った。


「ラウラス、そのお嬢さまというのはやめてもらえないかしら? 私はお嬢さまとして訊いているのではなくて、シュリアとして訊いているの。身分なんて忘れてちょうだい。いい? 今度お嬢さまとか言ったら許さないから」


「では、なんとお呼びすれば?」


「名前で呼んで。敬称もいらないわよ」


「さすがにそれはご勘弁を……」


 あまりにもラウラスが困った顔をするので、言ってるこっちのほうが悲しくなってきた。

 どうしても〝お嬢さま〟の壁は取り払えないらしい。


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