代償7
薬草師がいるという町は本当にすぐ近くにあった。
ちいさなその町のなかには川が流れていて、川沿いは色とりどりの花で満ち溢れていた。
川に架かる石造りの橋の隙間からも花が咲いていて、まるで橋が花でつくられているかのようにも見えた。
川のせせらぎのなか、水車がゴトンゴトンとのんびりまわっている様子に、ほんのすこし心が和んだ。
「薬草師の店は神殿のそばだそうですので、きっとあちらですね」
ラウラスが指差す右前方には、たしかに白い尖塔が見えた。
だいたいどこの町にでも中心部には広場があって、そのまわりに市場が出ているものだけど、この町も例外ではなかった。ただ、行き交う人はそれほど多くはない。
神殿は広場を抜けたすこし先のようだ。
馬を下り、石畳をラウラスと並んで歩く。
「……ねえ、ラウラス。何か聞こえない?」
広場を通りすぎ、しずかな民家が立ち並ぶ区域に入ってしばらくしたころ、風に乗ってかすかに耳に引っかかってくるものがあった。思わず足を止めて耳を澄ます。
「泣き声……ですかね?」
「たぶん。こっちのほうからかしら……。ラウラス、ちょっとここで待ってて」
「あ、お嬢さま!」
途切れがちな小さなその声をたどっていくと、大人がふたり並んで歩けるか歩けないかというくらいの狭い路地裏の陰に、子供の足らしきものが見えた。
「あなた、こんなところでどうしたの?」
声をかけると、子供はあからさまに悲鳴を上げて飛びすさった。肩にかかる程度しかない癖のある髪と、大きな目が印象的な少女だった。
「なぁに? 道に迷ったの? それとも、どこか怪我でもした?」
友好の気持ちを示そうと思って肩に手をおいたら、少女は一瞬泣きやんだけれど、すぐにこちらがびっくりするくらい大きな声で泣きはじめたものだから、私のほうがうろたえてしまった。
あわてて後ろを振り返ったら、ラウラスが心配そうな顔でこちらを見ていたけど……、うん。どうやら私が少女をいじめたと思っている様子はない。よかった。
「泣いているだけじゃ何も分からないわ。困っていることがあるなら、お姉さんに言ってごらん?」
「……ないの。なくなっちゃったの。お母さんも……どこかに……っ」
それ以上は言葉が続かないようで、膝を抱えたまま泣きじゃくるばかりだった。
少女が身につけているのは大人用の上着一枚。襟ぐりは紐で絞りなおしてあるとはいえ、全体的にかなりだぶついているのは否めなかったし、靴も履いていなくて裸足だった。
貧しい家の子供としてはありふれた出で立ちで、そのむかしお兄さまに連れられて城の外へ出かけたときも、やっぱりこういう出で立ちの子供たちをよく見かけたものだけど。
「お母さんとはぐれたの? 大丈夫よ、泣かないで。お姉さんがお母さんを見つけるのを手伝ってあげるから」
どんなに着ているものが違っていたって、親を慕う気持ちはみんないっしょだ。
私のお母さまはどこにいるのかと、何度もお兄さまに尋ねていた幼いころの自分が思い出される。
神様の庭にいると言われても、その神様の庭が現実にあるものだと思っていた私は、よくお母さまを探してブリアール城の庭園を歩きまわっていたものだ。
そのたびに、お兄さまは私の気が済むまでいっしょに歩きまわってくれていた。
「ほら、目を閉じて思い出してごらん。お母さんの姿を最後に見たのはどこ?」
まだしゃくり上げている少女の額にそっと口づける。




