代償6
「少し時間があるようですから、お食事でもされますか?」
「いいえ、いらないわ」
「ですが、朝もあまり召し上がっていないと伺いましたよ。気持ちは急くかもしれませんが、舟の時間は変わらないのですから、何か口にされたほうがよろしいのでは」
「いいえ。食事はしないわ」
私があまりにも頑なに言い張るからか、ラウラスは訝しげな顔をした。
「お嬢さま? もしかして、どこか具合でもお悪いのですか? でしたら、我慢せずにおっしゃってください。お嬢さままで倒れられては大変です」
「大丈夫。どこも具合は悪くないわ。そうじゃなくて。その、じつは私……」
思わずうつむいて、唸りながら手をもじもじと意味なく動かしてしまう。
「どうなさいました?」
「あの、ね……。じつは私、舟がダメなの」
「ダメ、とは? 舟が怖いとかですか?」
「ちがうの。ひどい船酔いになるの。向こう岸に着くころには、しばらく動けなくなっているかも……」
一瞬ラウラスが絶句したのが分かって、思わず肩が縮こまる。
「そういうことは城を出る前におっしゃっていただけるとありがたいのですが」
「……そうよね。でも、あのときはそれどころじゃなかったし、大丈夫な気がして……」
うつむいたまま小声でぼそぼそと答える。
ラウラスが呆れるのも当然だ。今さら何を言っているんだと自分でも思うし、根性出して最後まで突っ走れない自分が心底イヤになる。
バーン城を出るときは本当に舟くらいなんだ、たいしたことないって気持ちだったのだ。それは嘘じゃない。
だけど、いざそのときを目の前にすると、想像するだけで吐き気が込み上げてきて目眩までしてくる始末。我ながら情けないったらない。
イデルは今、もっともっと苦しい思いをしているというのに。
「──わかりました。舟がダメというのは、たんに船酔いするというだけなのですね? でしたら、私がなんとか致しましょう。少しここでお待ちください」
そう言うと、ラウラスはまた舟を待っている人たちのところへ戻っていった。
その背中を眺めながら、溜息がこぼれる。
せっかくラウラスといっしょにいるのなら、もっと良いところを見せたいのに。
男みたいに馬を駆るわ、土壇場で舟に乗れないなんて迷惑なことを言いだすわ……。
こんなんじゃ、とても女子として意識してもらうどころじゃない。
ただでさえラウラスは私のことを雇い主の娘としてしか見てくれていないというのに。そこに破天荒で我儘という烙印まで押されてしまったのでは悲惨すぎる。
「お嬢さま、この近くに薬草師のいる町があるそうですから、そこへ行って酔い止めの薬をもらいましょう」
「そんなものがあるの?」
「ええ。薬草師なら知っているはずです。万一知らなくても、材料さえ分けてもらえれば、私が調合致します」
また馬に乗るのか……。
なにが悲しくて想い人の前で男さながらに馬を駆らないといけないのかと泣きたくなるけど、船酔いする私が悪いのだから仕方ない。
これもイデルを助けるためだと言い聞かせ、私はふたたび馬にまたがった。
「ごめんなさい。私、あなたに余計な手間ばかりかけてしまって……」
私ったら、本当にラウラスを振り回してばかりだ。月下香が欲しいと言って、サイジョールにまで足を運んでもらったり、そうかと思えばいきなりトゥーアルに来てほしいと言ったり、アモル伯爵夫人のお屋敷に行くと言っては土壇場で舟に乗れないとか言ったり……。
我ながら最低だわ。
こんなんじゃ、女子としてどうこう以前の話で、人として愛想を尽かされそう……。
「大丈夫ですよ。そんなに肩を落とさないでください。言いましたでしょう。私にできることなら何でもおっしゃってくださいと」
「でも……、私、ラウラスの仕事の邪魔になっているでしょう?」
普段も庭園でお喋りしに行って、邪魔になっていると思うけど。
「そんなことありませんよ。私は形式的に庭師として雇っていただいていますが、わりと自由な身なので。植物の研究なども自由にさせていただいていますしね。お嬢さまが気にされるようなことは何もありませんよ」
ラウラスは私の後ろにいるので顔は見えなかったけど、優しく微笑んでいるであろうことは、その穏やかな声から容易に察せられた。
ラウラスは本当に包容力のある人だ。だからこそ、いつもつい甘えたくなってしまうのだけど、いいかげん自重しないとなぁ……なんて思いながら、私は先を急ぐのだった。




