↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/165

封印された記憶9

「大丈夫。この私が呪いなんかではないと証明してみせますわ。ですから、もう泣きやんでくださいまし」


 夫人の肩をそっと抱き、子供が母親にするように、頬にちいさく口づける。

 とたんに流れ込んでくるトルナード男爵夫人の意識。それは過去の記憶といってもよかった。


「これ、は……」


 人はときに、わずかな時間でとても膨大な思考と思いを交錯させるもので、それを覗くことは身ひとつで大海原に飛び込むようなもの。そこで私自身が溺れかけることはけっして珍しいことではない。

 けれど、トルナード男爵夫人のそれは常軌を逸していた。


 にわかには信じられない光景が次から次へと私の脳裏を流れていく。

 生きていたころのサエウム伯爵。

 オルドーグ伯爵令嬢だった若かりしころのトルナード男爵夫人。

 騎士だったかつてのトルナード男爵。

 炎上する城。羽舞草……。


「トルナード男爵夫人……、あなたは……」


 サエウム伯爵を毒殺していた?

 だから、夫人は呪いだと言ったの?


 夫人がサエウム伯爵に抱いた殺意と躊躇い、激しい後悔の念。交錯する感情まで一気に流れ込んできて、一瞬意識が遠のきそうになったけど、歯を食いしばってなんとか堪え、ゆっくりと息を吐き出した。


「トルナード男爵夫人、取り急ぎ執事を調べてみていただけますか。おそらく彼は今回の事件について何か知っているはずです」


 私は早口で言った。

 もう涙を流しつづける夫人に配慮している余裕などなかった。信じがたい記憶に押し流されてぼんやりしているひまもない。


 急がなければ、《真実の雫》の力を使った反動がきてしまう。


「執事……?」


 私の切羽詰まった口調に何か感じるものがあったのか、ほんの少しだけ夫人は顔を上げた。


「ええ。男爵が亡くなったあの部屋で執事がとった行動は不自然でした。彼はあなたにわざわざ羽舞草を見せたのです」


 さっき家令と話していて気がついたのだ。執事がおかしな行動をとったことに。

 男爵の遺体に取りすがっていたトルナード男爵夫人を部屋から出そうとするとき、執事はわざわざ夫人の体を左にまわした。

 花瓶は男爵が倒れているのとは反対側──つまり、夫人にとってはやや左寄りの背後にあった。扉の位置を考えれば、夫人の体を右にまわしたほうが早いし、そうすれば花瓶だって目に入らなかったはずだ。


 城内のいっさいを取り仕切る執事なら、夫人が羽舞草を嫌っていることは当然のごとく知っていたはずだし、夫人に羽舞草を見せることは避けようとしてしかるべき。

 なのに、彼は不自然な動きをしてまで夫人に羽舞草を見せた。そこには何らかの意図があったはずだ。


 トルナード男爵夫人がかつてサエウム伯爵を羽舞草の毒で殺害しているというなら、きっと無関係ではないだろう。


「トルナード男爵夫人、いくら目を反らしたって、現実はいつだって目の前にあるんです。しっかりなさって」


 夫人はなにか言葉を口にしていたけど、私は無言で会釈だけを残し、部屋を出た。

 それは私がトルナード男爵夫人の言葉に聞く耳を持たなかったからではない。

 私の耳が音を失っていたからだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。