封印された記憶8
白を基調としたトルナード男爵夫人の寝室は、窓から入り込む朝陽がつくりだす光と影が美しい装飾になっていた。
この時期、日の出と一の鐘が鳴るのはほぼ同時。まだ二の鐘が鳴ったばかりなので、陽の光も白くて眩しかった。
「シュリアさまが私を助けてくださったと聞きました。ありがとうございます」
トルナード男爵夫人はベッドのうえで上体だけ起こしていた。顔色はまだ青白い。
「いえ、夫人をお助けしたのは私ではなく、ラウラスという青年ですわ。彼は植物学者ですし、毒にも詳しいんです」
夫人の人となりをまだよく知らないので、庭師という言葉は敢えて省いた。
つまらないことでラウラスが馬鹿にされたり侮られたりしたら、いかに猫をかぶるのが得意な私であっても、平静でいつづけられる自信がない。
「シュリアさまがその青年を呼ぶことを提案してくださったことで私が助かったことに違いはありませんわ。それなのに、うちの者たちが理不尽な仕打ちをしたようで、本当に申し訳ありませんでした」
私が部屋に閉じ込められていたことを言っているのだろうか。
正直な話、客観的に見て私には疑われる要素があったわけだし、たしかに思うように身動きが取れなくなったのは腹が立つけど、まるきり理不尽だとは思ってない。なのに……。
「理不尽とおっしゃるということは、夫人は私が犯人ではないと?」
「ええ、存じております」
「なぜ? あなたは犯人を知っていらっしゃるんですか?」
「いいえ。犯人が誰かは知りませんが、シュリアさまでないことは分かっています」
「それはなぜですの?」
夫人は私から視線を外し、うつむいた。重ねられた手はよほど力がこもっているのか、爪が白くなっていた。
「羽舞草が、あったからですわ」
「それはどういう意味ですか? 今回の一連の件について、なにか心当たりがおありですの?」
「ええ……」
夫人はうつむいたまま小さな声で答えた。
けれど、それ以上は口を開こうとせず、沈黙だけが横たわった。
「トルナード男爵夫人、何か知っていることがあるならおっしゃってください。犯人に辿りつく手掛かりになるかもしれないでしょう?」
それでも夫人は動かなかった。
「あなたの夫が殺されたんですよ。あなた自身も毒を盛られて苦しい思いをなさったのに、悔しくないんですか。犯人を捕まえたいとは思わないんですか」
「悔しくないわけ、ありません……。でも……。でもこれは、罰なんです」
「罰?」
夫人は両手に顔をうずめた。
「罰なんです。サエウム伯爵の……」
私は思わず顔をしかめた。
「あなたまでそんなことをおっしゃるんですか? 呪いなんかじゃありません。あなたはただ別の人と結婚して幸せになっただけでしょう? 婚約者が亡くなったら、自分もそれに準ずるような人生を送らないといけないんですか? そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう。あなたが罰を受ける謂れなんてないんです。しっかりしてください」
「そうではないのです。違うのですわ、シュリアさま。これは罰なのです。ほんとうにサエウム伯爵の……」
夫人が顔をうずめている手の隙間から、ぽろぽろと透明なしずくがこぼれ落ちていく。
「トルナード男爵夫人、泣いているだけでは何も解決しませんわ」
けれど、もう私が何を言っても耳には入らないようで、夫人はただよく分からない謝罪の言葉を繰り返すだけだった。
このままでは埒が明かない。




