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代償1

《真実の雫》の力を使って他人の心を覗くと、一度目はほんのわずかな時間、聴覚を失う。

 そこから重ねて力を使うと、次は色を失う。見える世界がすべて白黒になるのだ。これは丸一日つづく。

 そうして視覚がもとに戻らないうちに更に力を使うと、今度は丸三日間皮膚感覚を失うことになる。


 ほんとうに迷惑な副作用ではあるのだけど、小さい頃の私は、この副作用をけっこう喜んで利用していた。

 これらの副作用はもっとも強く想いを寄せる異性には無効で、他の音が聞こえなくなろうがその人の声だけは聞こえるし、世界が色を失ってもその人だけは鮮明に色をまとっていて、皮膚感覚を失おうが、その人にだけは触れていることがわかる。

 そして、その人を抱きしめれば副作用はすぐに消えるのだ。


 だから、小さいころはお父さまに会うために、ときどきわざと一日三回真珠の力を使っていた。それにこっそり協力してくれていたのがイデルだ。

 世界が白黒になるくらいならまだいいけど、皮膚感覚まで失ってしまうといろいろ危険だということで、忙しくてもお父さまに会う機会をつくってもらえたのだ。


 十歳になるころには副作用を解除できる相手はお兄さまになっていたのだけど、三年ほど前からはお兄さまの声も聞こえなくなっている。

 その事実をお兄さまはまだ知らない。


 この事実の露呈は、すなわち私にお兄さま以外に想いを寄せる男性がいることを示してしまうので、最近は《真実の雫》の力を使うことはほとんどなくなっていた。

 もう子供のころのように副作用に利用価値を見出せなくなっていたし、むやみに他人の心を覗くのも気持ちのいいものではないと分かったし。

 そもそも副作用を解除するためにラウラスに抱きつくだなんて、そんなことできるわけがないのだから。


 とりあえず聴覚はほんの少し待てば元に戻るから、それまでは出来るかぎり誰にも会わないように部屋にこもっているのがいい。

 そうして、頭の中を整理しなければ。


 何も雑音が聞こえないのは、考え事をするにはかえって好都合だった。

 サエウム伯爵が亡くなったのは、じつは火事のせいなどではなかった。ほんとうは、若かりしころのトルナード男爵夫人に毒を盛られて亡くなっていた──。


 トルナード男爵は、もとは騎士の身分。それに対してトルナード男爵夫人は、もとは伯爵令嬢。

 私が今まさに直面している問題だけど、貴族の結婚は親が決めるものであって、本人の意志なんてものは関係ないのがふつうだ。当然のことながら、伯爵家が一介の騎士との結婚などを勧めるわけがない。


 だけど、オルドーグ伯爵令嬢はフェルム騎士に身分違いの恋をしていて、親が決めたサエウム伯爵との結婚を受け入れられず、相手を殺害してしまったのだ。サエウム伯爵の水差しに羽舞草の花を入れて。


 つまり、火事が起こったときには、サエウム伯爵はすでにこと切れた状態だったわけだ。

 犯人はなんらかの事情で十年の時を超えてその真相を知り、過去に罪を犯したトルナード男爵夫人が赦せなくて羽舞草を使っての復讐を考えた、というところだろうか。


 そうすると、今回の事件はサエウム伯爵の身内が犯人ということか……。

 あの執事を調べて何かわかるといいのだけど……などと考えながら、与えられている部屋に戻って扉を開ける。

 とたんに息を詰めた。


 鼻と口を覆っていても、強烈な異臭が喉の奥まで入り込んでくる。

 換気しておいてと言ったのに、何なのよこれは。


 これ、は……?



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