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封印された記憶3

「あの……、話についていけてなくてすみません。そのサエウム伯爵というのは、今回の件と何か関係が?」


 ラウラスがおずおずと口をはさんでくる。


「あら……、ラウラスは呪いの噂のことを聞いていない?」


 意外ね。何でも積極的に喋りそうな女性たちがラウラスの耳に入れていても良さそうなものなのに。

 さすがに呪い云々の禍々しい話は、清浄な空気を漂わせているラウラスにするのは憚られたのかしら。


「むかしお城の火災で亡くなったっていう伯爵なんだけだど、トルナード男爵夫人の元婚約者なんですって。今回の事件はそのサエウム伯爵の呪いだって、お城の人たちが噂しているのよ」


 私がそう答えると、ラウラスは首もとの翡翠を指先でさわりながら、やや視線を落とした。

 少しうつむき気味で物思いに耽っているときのラウラスはすごく優美で、まるで繊細な磁器人形みたいだ。思わず手を伸ばして触れたくなる。


「それは十年前に亡くなった、アンゲルス・ギィーナ・デュ・バルベリさまのことですか?」


「名前までは覚えてないけど、バルベリ家の最後の当主よ。知っているの?」


 失礼かもしれないけど、ラウラスの口からサエウム伯爵の本名が出てくるとは、少し意外だった。ラウラスって世間のことには何も関心がないとばかり思っていたから。

 ……でも、そうね。それはただの私の思い込みなのかもしれない。

 サイジョールで銀鉱が見つかったこともを知っていたわけだし。

 私が、ラウラスのことをちゃんと知らないだけか……。


「サエウム伯爵が亡くなったときは、下手をすれば戦が起きるのではないかと、巷でたいそう噂になっていましたので。ちょうどその頃、私はサエウム伯爵領のそばで暮らしていましたから、よく憶えています」


 十年前といえば私は七歳で、残念ながらそれほど世間のことは記憶にない。

 サエウム伯爵のことも、歴史を学ぶなかで通り一遍の知識を与えられているだけに過ぎなかった。

 お兄さまにもしものことがあった場合は私がレールティ家を継ぐことになるので、これでも幼い頃から家をつぶさない程度の教育は受けてきているのだ。


「サエウム伯爵のお城が燃えたのって、たしか放火が原因だったわよね? 政敵に火をつけられたって聞いたのだけど」


「ええ、犯人はすぐに捕まりましたので、背後にいるのがオプスクリー公だと分かったそうです。それがきっかけでオプスクリー公は失脚に追い込まれて、犯人もまだ若かったのにそのまま──」


 そこで、イデルの派手な咳払いがラウラスの話に割って入った。

 ハッとしたようにラウラスが口をつぐみ、気まずそうにイデルを見やる。

 おそらく、血生臭い話を私に聞かせるなということだろう。


「イデル、そんな怖い顔をするのはおやめなさい。ラウラスも気にしなくていいのよ。訊いたのは私なのだから」


「……申し訳ございません」


「謝らないで。それに、私たちは今まさに殺人に遭遇しているのよ? 今さらだと思わなくて?」


 扇を閉じ、微笑んでみせる。


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