封印された記憶4
「話を戻すけど、私はやっぱり夫人が男爵を憎んで毒殺したとは思えないわ。あと、これもただの私の勘だけど、私にパイを運ぶのを任せてくれた女中は犯人ではないと思うの。よく知りもしない他人に大事な毒入りパイを運ぶのを任せるとは思えないわ。前もって練っている計画に不安要素を加えることになるだけだもの。そうでしょう?」
イデルが下働きの者たちにそれとなく訊いたところ、トルナード男爵夫人はいつもパイ生地に胡麻を練り込んでいたという。まさにラウラスの推理したとおりだった。
羽舞草の種を胡麻と見せかけるためには、種が熟す前に採取しておく必要があるということだから、それくらい事前の準備をしているのなら、なおさら土壇場で突発的に計画の変更などしないだろう。
男爵に直接パイを渡した従僕のほうは、使われた毒が生地に練り込まれていた羽舞草の種だったという時点で容疑者から外れている。
男爵は夫人の作るパイを好んでいて、遠出から戻ると必ず夫人のパイを口にしていたそうだけど、パイの種類はそのときどきで夫人が決めていたという。
それを事前に予測して用意しておくことは無理だ。
もしすり替えたりしたら、あとからすぐに露見して、犯人が従僕であることを容易に特定されてしまうだけだ。そんな愚は犯さないだろう。
「とりあえず羽舞草を花瓶に活けた人物を知りたいわね。男爵の部屋なら出入りした人物は把握されているはずよ」
「ですが、私たちにそのようなことを教えてくれるでしょうか? 下働きの者たちは今回の一連の事件に加えて、呪いの話ですっかり怯えてしまって逃げ出す者もいるくらい統制がとれていませんし、話も比較的聞き出しやすいですけど。下働きの者たちと違って、衛兵は口が堅いのでは?」
「あなた、この私が誰か失念していて? 私はレールティ家の長女よ」
「シュリアさま? まさか……」
シーッと、人差し指を立てる。
そう。私には奥の手がある。《真実の雫》を使えば、私は人の心の内を覗けるのだ。
「お、おやめください。シュリアさまが衛兵にそんな……! とんでもないことですわ!」
顔を真っ赤にしてイデルが叫ぶ。
「……なにを想像しているのか知らないけど、私にも乙女の恥じらいというものがあるんだから、おかしなことは口にしないでちょうだいね」
ラウラスからは見えないように扇で顔を隠しつつ、イデルに冷ややかな視線を投げつける。
たしかに《真実の雫》の力を使うためには相手に口づけることが必要だけど、口づける場所はどこだって構わないのだ。
躓いたふりをするなり、わざとぶつかるなりして、どさくさにまぎれてやってしまえば、どうってことはない。
そのあともしばらく今後のことについて話し合い、夫人に薬を持っていくというラウラスが退出すると、私は盛大に息を吐きながらソファの背もたれに身を預けた。
《真実の雫》で心の内を覗くにしても、相手がそのとき心に思い浮かべていることしか分からない。
さて、いったいどうやって衛兵の心の内から、私の知りたい情報を引き抜こうか……。




