封印された記憶2
化粧室はだいたい寝室と繋がっていて、朝食は化粧も含めてすべての身支度が整ったうえでとるのがこの国の貴族の常識。
ただ、化粧室はひとつではなくて、複数あることが多い。
寝室と続きになっている化粧室は、いわば簡易的なもの。たとえば外出するときや人に会うときのように、本格的な身支度をする場合は、別の大きな化粧室を使う。
トルナード男爵夫人が朝食後に化粧室を使っていたというなら、この大きな化粧室のほうを使っていた可能性が高い。
そして、もしもそうなら、ふつうは化粧室に見張りをつけたりしていないし、出入りは比較的容易なはずだ。
そんな私の説明を聞くと、ラウラスは生真面目そのものの表情で頷いた。
「たしかに私が見せていただいた化粧室はトルナード男爵夫人の私室の続き部屋ではなく、独立している部屋でした」
やっぱりね。
「でも、どうして朝食後にすぐ改めてお化粧なんてしたのかしら……」
「シュリアさまがいらしたからではありませんか? 客人がいるなら、すぐに午前服を着替えるのはふつうですし」
答えたのはイデルだった。
貴族の女性なら、一日に何度か衣装を着替えるのはふつうのこと。裕福な貴族だと五回も六回も着替えるけど、それほど裕福でない貴族でも最低限、午前服と午後服は着替える。
午前服はいわば部屋着で、くだけた服装だから、そのまま客人の前に出たりはしないのだ。
私はパタパタと扇をちいさく動かしながら唸った。
寝室と続きの化粧室でないとしたら、出入りした人間を特定するのは難しそうだ。
「そういえば、ラウラスは昨日言ったわよね。男爵の部屋にあった羽舞草は、男爵の死因とは直接関係ないのではないかと。よくわからないんだけど、それはつまりどういうこと? 直接関係ないなら、なぜ犯人はわざわざ手掛かりになりそうなものを残していったの?」
夫人のときだって、羽舞草がその場になければ、ラウラスもすぐにはその中毒を疑ったりはしなかったはず。
「理由は分かりませんが、犯人からの何らかのメッセージであったことは間違いないでしょう。少なくとも夫妻の命を繋ぎとめる一縷の希望を残すためなどではないでしょうね。実際、男爵には致死量の毒が盛られていて、夫人には最初からそれだけの毒は盛られていなかったわけですから」
「それも分からないのよね。どうして夫人には致死量の毒を盛らなかったのか」
犯人はいったい何が狙いだったんだろう?
いや、むしろ。
「トルナード男爵夫人が犯人で、自作自演ということは考えられないかしら?」
そもそも男爵が食べた毒入りのパイを作ったのはトルナード男爵夫人なわけだし。
「たしかにそれは有り得そうですよね。じつは夫婦仲が悪かったとかで。だってほら、トルナード男爵夫人はもともとサエウム伯爵のもとに嫁ぐという話だったそうじゃないですか。なのに、こんな小さな男爵家に嫁ぐことになったんですもの。自分の運命を呪う気持ちが、いつしか男爵への憎しみに変わっていったとしても不思議はありませんわ。サエウム伯爵だって、夫人のことを愛していらっしゃったかもしれませんもの」
またもや身を乗り出すようにして力説してくるイデル。
なにこのコ。もしかして私に、だからろくな身分もない男は相手にするな、立派な地位を持っている境守伯の息子との縁談を受けるべきだと主張してる?
そんなふうに言われると、ちょっと待てという気持ちになってくるわ。
庭園でトルナード男爵夫人と話をしたとき、夫人は男爵との結婚を恨んでいるような様子はなかった。むしろその逆で、幸せそうに見えた。
男爵を亡き者にしようと考える人が、あんなに幸せそうに笑うものだろうか。
トルナード男爵夫人が犯人だと決めつけるのは、やっぱりなんだか早計な気がする。




