カトリーヌの弟
「えーっ! アディスが紹介してくれるの? 教師の人?」
「いえ、高等学校時代の友人です。昔気質で融通がきかない所がありますが、真面目で実直な性格をしています。仕事は、役所の事務仕事ですね。いかつい顔をしているので、ファナが気に入るかわかりませんが、俺の大事な親友です。如何でしょう?」
「ぜひ、会ってみたいわ! 幼なじみとのお見合いは何としても断るから、2月14日に会いたいわ!」
「わかりました。伝言屋に、仕事の帰りに寄って良いですか? 彼の都合を確認します」
「了解! ああ、楽しみね! 世界が輝いて見えるわ!」
「ひとつ、忠告しておきます。彼は俺の顔を最高に美しいと評価しています。そして、俺に惚れない女性はいないと、そう、勘違いしている面があるのです。会ったらまず俺の顔に惚れていないか、聞かれるでしょう。そこを何とかしないと、お付き合いは出来ないように思います」
「へえ。確かにアディスは綺麗だけどね。眺めさせて頂けたら、十分よ。わかったわ。わたし、頑張って納得して貰うわ!」
「ええ、頑張って下さい。彼は本当に良い男なのですが、女性と縁遠いところがあります。それは俺を取り合う女性を見過ぎたせいもあるんです。女性に対して、一歩引いてしまうのですね。ファナなら、彼の心を動かせるかもしれません」
ファナはめらめらと闘志に燃える瞳をしていた。
アディスは満足そうにしている。
俺達は静観させて頂くことにした。
ファナに幸あれ、である。
食後は料理の仕込みに従事した。
俺とアイロスは、昼の仕込み。
ファナとアディスが、カルボナーラの仕込みである。
俺達は集中して、料理を仕上げていった。
午前10時半、ファナとアディスが、出発していった。
仕込みもあとひと息である。
俺とアイロスは、最後の仕上げを行った。
午前11時の鐘が鳴り響く。
開店の刻限だ。
並んでいたお客が、怒濤のようになだれ込んでくる。
プリムが順番に案内して、注文を取っていく。
ジュレは、お茶の配膳だ。
「1番から6番に、1つずつねーっ!」
「あいよ!」
「1番テーブルに、5つお願いします!」
「あいよ!」
俺は鉄鍋を2つ使って兎肉を焼き上げる。
焼きあがったら、調味液を絡めて、食べやすい大きさに切る。
フランスパンに挟んで、完成だ。
今日の汁物料理は、醤油のごときユーカンで味付けした和風スープ。
付け合わせは、マッシュ・ポテトのごときマッシュ・フォンディと、カボチャのごときエリマを練り込んだクッキーである。
付け合わせの盛り付けと、汁物料理の取り分けは、アイロスが担当している。
仕上がった日替わりを、俺はカウンターに並べていく。
「1番から6番、上がったよ!」
「は、はい!」
「1番テーブルに、5つ、上がったよ!」
「はーいっ!」
注文は次々に入ってくる。
俺は鉄鍋に肉を投じて、焼き上げていく。
焼きあがったら、調味液を絡めて、食べやすい大きさに切る。
フランスパンに挟んで、木皿に盛る。
「7番から12番、上がったよ!」
「は、はい!」
「2番テーブル、4つ、上がったよ!」
「はーいっ!」
俺は鉄鍋に肉を投じていく。
店内は満席で、凄い熱気だ。
俺は日替わりをカウンターに並べていく。
「3番テーブル、6つ、上がったよ!」
「は、はい!」
「4番テーブル、2つ、上がったよ!」
「はーいっ!」
俺は日替わりを仕上げて、カウンターに並べていく。
アイロスのサポートも完璧だ。
「5番テーブル、6つ、上がったよ!」
「は、はい!」
「6番テーブル、5つ、上がったよ!」
「はーいっ!」
ひと息ついた頃合いで、リーズヘッグに呼ばれた。
「カトリーヌの弟が来ておるぞ。例の見合い相手の娘も一緒だ。挨拶をするが良い」
「わかった。ちょっと抜けるね」
俺はリーズヘッグの導きで、4番テーブルに赴いた。
青年は真っ青の髪を腰まで垂らした美青年であった。
強く輝く瞳は青色で、好奇心旺盛な様子が見て取れる。
女性は、きゅうきゅうにひっつめたお団子頭で、橙色の髪に金色の瞳である。
気は強そうだが、大層な美人だ。
「お待たせしました。《竜の跳ね鳥亭》へ、ようこそ。俺が料理長のキョウスケです。料理のお味は如何でしたか?」
「おお、キョウスケ。晩餐会以来だな。ピリ辛のサンドイッチが、気に入ったぞ。屋敷の料理も美味いが、お前の料理が恋しいとサリーが言うのでな」
「それではわたしがワガママを言ったみたいでは、ありませんか! 確かに、料理は美味しかったです。ですが、エンリコ様も食べたいと言っていた筈ですよ!」
「エンリコで良いと言っているだろう。俺達は婚姻するのだ。そう肩肘を張る必要もなかろう」
「まだ婚姻していないのですから、礼節は守るべきかと思います。エンリコ様は次期サフア屋の主としての自覚に目覚めて下さい」
「どうだ、なかなかのじゃじゃ馬だろう? 俺の美しさとサフア屋の富に心奪われた割に、あまりに固い態度だとは、思わぬか」
「はあ。大変仲の良いご様子ですね」
「ああ。これでも夜は大層愛らしいのだぞ。もう一緒に暮らしておるのだ。俺は美しい妻と美しい絵画があれば暮らしていける。サフア屋など、サリーにくれてやるわ」
「お口が過ぎましてよ、エンリコ様。それでもご当主は貴方が継ぐのです。わたしもサフア屋を背負いますが、あなたがいなければ成り立ちません。どうかお忘れなく」
サリーは、にべもない。
確かに次期サフア屋当主は、エンリコなのだ。
それは間違いなかったので、俺も頷いておいた。
「自己紹介はもう不要だな。お前は俺より年長なのだから、敬語でなく普通に喋れ。俺は23歳、サリーは18歳だ。お前の婚約者には晩餐会で挨拶をしたのだがな。これから長い付き合いになる。リーズヘッグとは家族になるからな。お前も一蓮托生だ。せいぜい腕を磨いておくがいい」
「わかったよ、エンリコ。俺はずっと《竜の跳ね鳥亭》の料理番だから、確かに一蓮托生だね。末永く宜しく頼むよ」
「うむ。今日はサリーと逢い引きがてら、お前に挨拶に来たのだ。たまには紳士会に顔を出せ。男ばかりでむさ苦しいが、お前に会いたがる人間も多いのでな」
「わかった。今は予定がいっぱいだから、空いたら紳士会も検討してみるよ。今日はご挨拶をありがとう。じゃあ、またね」
俺は一礼して、調理場に戻った。
紳士会については、後でリーズヘッグに聞こう。
俺は頼もしいサリーと、マイペースなエンリコの仲が良いことに安堵した。
多分、カトリーヌより早くエンリコが婚姻する。
リーズヘッグとカトリーヌが婚姻出来るのは、その後だ。
俺はリーズヘッグの幸せを願いながら、調理に勤しむのであった。




