紫色の瞳の少女
夜の営業では、危うく品切れになる位のお客さんが来てくれた。
リーズヘッグは事態を重く見て、毎日100本注文しているフランスパンを、120本注文する事にした。
俺は俺で、配達の少年に相談したいことがあった。
「えっ? パンコ……ですか?」
「うん。ホルエン料理長には作り方を教えてあるんだけど、材料に堅くなったフランスパンが必要だからさ。うちでは余ってるフランスパンもないし、パン粉を買えるなら買わせて欲しいんだ」
「わかりました。ホルエン料理長に、問い合わせておきます。量はどれ位必要ですか?」
「これくらいの袋に5袋、頼むよ」
「わかりましたっ!」
少年は懐のメモに書き付けると、ぴゅーっと店を出て行った。
その後は、普段通りに準備して、店を開けた。
今日のサンドイッチは、牛の腸詰め肉にケチャップとマスタードに似た香草を塗った一品だ。
汁物料理は野菜たっぷりのミルクスープ。
「ああ、美味い! 今日も持ち帰りのサンドイッチを頼むよ! サフア屋の露店でも同じようなのを売っていたが、行列が凄くてな!」
「俺も2つ頼むぜ! こりゃあぜひ、娘に食わせてやりてぇ!」
「おおい、こっちは日替わりを頼む!」
「俺もだ!」
どうもお客の入りに対して、カウンターの人数が足りていない様子だ。
しかし俺はサンドイッチを作らねばならないので、リーズヘッグが頼りだ。
なんとか昼のラッシュを乗り切り、午後3時の鐘が鳴った後のことだ。
店内に残っていたお客もどんどん帰っていき、あと一人──となった時。
「店主よ。すまないが、相談がある」
それは、フードをかぶったお客さんで、随分小柄のようだ。
そしてその声は耳に心地よい高音であり、おそらくは女性の声であった。
うちの店で女性のお客さんは珍しい。
俺もカウンターを覗き込む。
「どうした。料理が口に合わなかったか?」
「とんでもない。料理は実に美味であった。相談というのはな……どうやら金を忘れてきてしまったようなのだ」
「金がない、というのか。宿にでも取りに帰るのか?」
「そうしたい所なのだが、許しを貰えるだろうか?」
お客さんはフードをはねのけ、顔をあらわにした。
色白で、前髪はまっすぐ切り揃えられている。
髪は黒色で、長髪なのが見て取れた。
瞳は、綺麗な紫色である。
年の頃は18歳位だろうか。
俺はその少女から目を離す事ができなかった。
「昼の日替わりは、青銅貨3枚と割銭を貰っとる。取りに帰れば用立てる事が出来るのか?」
「ああ。宿に戻れれば問題ない」
「では、貸しにしてやろう。急がずとも良いから、宿屋まで取りに行くことだ」
「わかった。感謝する」
少女は再びフードをかぶり、店を出て行った。
少女の左腰には、剣がさげられているようだった。
「さあ、休憩だ。フランスパンは足りたか?」
「夜の分は別に届くんだよな。なら、ぎりぎり大丈夫さ。でも、早く多めに買えるといいな。俺が焼いてもいいんだけど、随分時間がかかっちゃうんだよな」
「サフアはサフア屋から買うのが常識だ。足りないときは、売り切れとするしかなかろう」
「それにしても、今の女の子って……」
「ああ。財宝漁りの一人だろう。町の西に、ダンジョンがあるからな。この店からじゃ、反対側だが、うちの評判でも聞いてやってきたんだろうさ」
「へえ。ダンジョンなんてあるんだね」
「うちの町は西のダンジョンと呼ばれている。東西南北にダンジョンがあって、更に北にもダンジョンの町があるそうだ。一攫千金を狙うやつは後を絶たないが、死人も多い。ダンジョンの中は魔物が蔓延っていて、命のやりとりに事欠かねえそうだ」
「そんな危ないことをして、利益はどうなんだい?」
「魔物の素材は冒険者ギルドが買い取ってくれる。しっかりとした腕があるなら、そこそこ稼げるはずだ。ただ、宝箱ってのがあってな。出てくる場所は毎回変わる上に、中身も予想がつかない。基本的には奥の階層の方が珍しいもんが出るそうだが、絶対じゃねぇ」
「そっか。財宝漁りなんて初めて聞いたから、気になっちゃってさ。すぐに軽食の準備をするよ」
そう言って、野菜を選び始めた時──裏口の戸が、叩かれた。
「サフア屋で~す! 《竜の跳ね鳥亭》にお届けもので~す!」
リーズヘッグが素早く裏口の鍵を開けて、配達の少年を招き入れる。
「ご苦労だったな。フランスパンはここに頼む」
「はい! あと、パン粉というものもお持ちしました。中身をご確認下さい」
俺は調理場から出て、少年の差し出す袋を受け取った。
「うん、きめの細かい、良いパン粉だね。ホルエン料理長は、いくらで売ってくれるんだい?」
「これは、一袋青銅貨2枚だそうです。5袋お持ちしたので、青銅貨10枚ですね」
「わかった。フランスパンの増量に関してはどうだった?」
「はい。問題ないとのことでした。この夜の分から、10本多く持ってきています。お支払いは月締めに現金で頂くとのことです」
「わかった。ご苦労だったな」
「パン粉を所望の際は、僕に言付けて下さい。今のところ、在庫はないので、注文を頂いてから作ることになります。それじゃ~失礼します!」
配達の少年に別れを告げて、パン粉を持って調理場に入る。
パン粉が届いたから、カツに挑戦しよう。
俺は期待を胸に、野菜を物色するのだった。




