販売開始!
《竜の跳ね鳥亭》にフランスパンが届くまで、3日かかった。
つまり、3日で販売にこぎ着けたというわけだ。
運び屋の男性は慌ただしく帰って行ってしまったが、他の店にもフランスパンを卸すのだと言っていた。
フランスパンを扱う店が増えるのは、喜ばしい事だ。
カトリーヌはよほどやり手の経営者なのだろう。
今日の朝食は、昼に客に出す内容となっている。
マッシュ・フォンディとエリマのクッキーは今までと同じで、メインはフランスパンのサンドイッチ。
イルマという新顔の葉物が、レタスにそっくりで、これを採用させて貰った。
半分に切って切れ込みを入れたフランスパンに乳脂を塗り、イルマと乾酪と、塩胡椒で焼いた兎肉を挟み込んでいる。
見た目にもボリュームたっぷりのサンドイッチだ。
汁物料理は具材たっぷりの、トマトのごときイノッサ風味である。
「見た目からして美味そうだな。カトリーヌの料理番にも、この料理の料理帳を伝授したのだろう?」
「ああ。数種類のサンドイッチを提案させて頂いたよ。フランスパン専門店を開いたらどうか、と言ったけど、3日じゃあ間に合わないよなぁ」
「カトリーヌは貪欲だ。どうにかして売っとるのかもしれん。まぁ、まずは食おうじゃないか」
リーズヘッグはそう言って、フランスパンを手に取った。
俺もフランスパンを手に取り、かぶりつく。
レタスのごときイルマが、ねっとりとした乾酪と兎肉の旨みを纏め上げている。
フランスパンに塗られた乳脂も良い風味で、かなり美味い。
難点は、齧り付かなきゃ食えない事だろう。
「うむ……美味いな。これならいくらでも食えそうだ」
「美味しいな。でも、フランスパンを使うことで、収支の方はどうなんだろう? 外注してるんだし、今までのサフアより割高だろう?」
「うむ。これまで昼は青銅貨3枚だったが……これからは青銅貨3枚と半銭を貰わなきゃならんな。夜は今まで青銅貨4枚と半銭だったが、青銅貨5枚に値上げだ」
「お客さんが納得してくれるといいな。特に常連さんには、喜んで欲しいな」
「お前の料理なら、大丈夫さ。お前は美味い料理を作ってくれれば良い。金勘定は、任せとけ」
「うん。頼りにしてるよ」
俺とリーズヘッグは、美味しい朝食をゆっくりと食べて、英気を養った。
仕込みを終えて、開店を迎えた《竜の跳ね鳥亭》であったが、客入りはいつも以上であった。
値上がりの件は、リーズヘッグが説明したのだが、まずは食わせてみろと言われて、俺は料理をお出しした。
「へえ。こんなサフア、初めてだ。どれどれ……へえっ! 歯ごたえがあって、美味いじゃないか」
「こりゃ美味え! こんなの、食ったことねえよ!」
常連さんに喜んで貰えて、俺は飛び上がる位嬉しかった。
値上げにも了承して貰えたので、一安心だ。
俺はひっきりなしにサンドイッチを作っていたが、次に入ってきたお客が、大きな声をあげた。
「この店でもフランスパンを使ってるのかい、リーズヘッグ。表の露店街で、サフア屋がそれと同じような料理を売ってたぜ。俺も買いそうになったんだが、この店まで我慢して正解だった!」
「うちのフランスパンもサフア屋から買ったもんだ。料理の味付けは同じかわからん。あと、うちの日替わりは青銅貨3枚と半銭を頂くことになったが、良いか?」
「ああ。もう腹がねじきれそうさ。そのフランスパンってやつを食わせてくれ!」
そのお客はサフア屋の露店をよく見てきたようで、常連客に語って聞かせた。
「値段はフランスパンが一本青銅貨1枚、サンドイッチは一本の半分で青銅貨1枚と半銭だったな。どれも肉がたっぷり入ってたし、美味そうだったぞ」
「へえ。客入りはどうだったんだよ?」
「そりゃあもう、長蛇の列さ。味見用のフランスパンも配っていたようだし、気にはなったんだがね。こんな並んでるときに買わなくても良いかと思ったんだよ」
「へい、おまちどう」
「おお、美味そうだ! なぁリーズヘッグ。1つ青銅貨1枚と半銭を払うから、3つ程持ち帰りのサンドイッチを作ってくれねえか? 弟子に食べさせてやりてえんだよ」
「金が貰えるなら、構わねえぞ。3つだな」
「ありがとうな、リーズヘッグ!」
お客さんは大喜びでサンドイッチを頬張っていた。
それから、持ち帰り希望のお客さんがぽつぽつ出始め、最後の団体様にお出しした分で、フランスパンは綺麗になくなった。
午後3時の鐘が鳴り、お客さんがはけたら、束の間の休憩時間だ。
「いやあ、フランスパンの人気は凄まじかったな」
「あれは今までのサフアにない魅力を持った食いもんだ。しばらくはもてはやされるだろうよ」
「そうだな。今までのサフアと共存出来れば嬉しいよ」
「そんな生やさしい変化で済むかねえ。俺は今までのサフアなんて見向きもしなくなっちまうんじゃねえかと、考えてるぜ」
「そんなことになったら、どこかに怒られそうだよな」
「知るかよ、そんな事。お前は美味い料理を作ることだけを考えてりゃあいいさ」
「うん、わかってる。俺が気を揉んでも仕方ないもんな」
俺は軽食を作る為に調理場に入り、リーズヘッグは洗い物を始めた。
今日の軽食は、夜に客に出す献立となる。
野菜のゴロゴロしたビーフシチューと、たっぷりのマッシュ・フォンディ。甘く煮たニンジンのごときメイリグと、素揚げにしたジャガイモのごときフォンディに塩を振ったものが付け合わせだ。
フランスパンは1本の半分を輪切りにして出す。
汁物料理は、たっぷりの野菜をコンソメで煮込んだコンソメスープだ。
皿をカウンターに並べていると、リーズヘッグもやってきた。
俺もリーズヘッグの隣に座り、茶を一口飲む。
そして、二人で食べ始めた。
「やはり、ビーフシチューは美味いのう。肉がでかいから、豪勢だし、食べ応えもある。野菜もたっぷりだし、言うことないわい」
「リーズヘッグに満足して貰えて良かったよ。食後は菓子も用意してあるから、そのつもりでな」
「そりゃあ楽しみだ! 期待してるぜ、キョウスケ」
俺は木匙でビーフシチューを口に運びながら、リーズヘッグに笑いかけた。
俺は家族や友人と二度と会えない異郷へやってきてしまったけれど、リーズヘッグのような優しい友人が出来て、嬉しく思っている。
俺に出来る事はなんでもやっていこうと、そのように思うのだ。
「じゃあ、菓子の準備をするからな。ヨーデルっていう茶の材料を使っているんだけど、どうだろうな」
俺は焼き上げて置いた卵入りのサフアの生地に、バナナのごときエーファを輪切りにしたものを並べて、ヨーデルという茶葉を焙煎し、粉にした物を乳脂や砂糖、牛の乳と煮たソースをかける。
ヨーデルというのはまるでチョコレートのような苦みと香ばしさを持った茶葉であった。
というわけで、最後はくるくると巻いて完成だ。
リーズヘッグと俺の分を机に並べて、腰を下ろす。
見た目は平凡なサフア巻きだが、お味はいかがなものだろうか。
手に取り、がぶりとかじりとる。
バナナのごときエーファの甘みと、チョコレートのごときヨーデルのソースが相まって、すごく美味だ。
生クリームは、温暖な気候のこの地ではすぐに潰れてしまうし、量を量産するのは難しそうなので、断念した。
「ううむ、これは美味いぞ。食ったことのない味だ」
「お口に合って良かったよ。今夜の献立はこれで良いかい?」
「ああ。よろしく頼む」
俺も美味なるチョコレートバナナクレープを食べながら、茶をすすった。
夜にはもっとお客さんが詰めかける事だろう。
それを楽しみに思いながら、ひとときの休息をゆっくりと過ごした。




