帰り道と借金取り
「それじゃあ、お邪魔しました」
「じゃあな、カトリーヌ。また来る」
「何かサフアの新しい食べ方を見つけたら、またいらして。昼食のビーフシチューも美味だったわ。ホルエンもやる気に燃えているし、これからが楽しみね。じゃあ、ご機嫌よう」
俺が持っていた布の鞄に大量の銀貨を入れて抱え持ったリーズヘッグは、すたすたとカトリーヌの部屋を後にした。
今は4時の鐘が鳴ってしばらく経った頃合いである。
1階の廊下を通り抜けて、庭園に出る。
門番に見送られながら、俺達はサフア屋を後にした。
「俺はカトリーヌとゆっくり語らえたから、楽しかったがな。お前さんはくたくただろう」
「まあね。でも、俺もなかなか楽しかったよ。お茶の種類も教えて貰えたし、いくつかの野菜も新たに覚えたよ。帰りに市場へ寄るのは危ないだろうから、明日の市場で買ってきてくれるか?」
「ああ、いいぞ」
「それにしても、リーズヘッグがカトリーヌの婚約者候補だったなんてな。あんなお嬢様と、やるじゃないか」
「もとは、学び舎で学ぶ友人同士だったんだが、俺とカトリーヌは気が合ってな。自然と恋人同士になったわけだが……俺の親父が大反対しやがってな。俺は店を継ぐ気なんざ、さらさらなかったんだが、親父は俺を跡取りに認定しやがった。それで、俺達は泣く泣く別れることになったんだ」
「そうだったんだね。じゃあ、今は? 借金がどうとか言ってたけども……」
「親父が死んだ後も借金があるってんで、婚約者候補から弾かれた。借金取りに金を返すまでは、まだ無理だ。俺は……カトリーヌを嫁に迎えてえんだ」
「借金を返せばいいなら、もうすぐじゃないか。俺も応援するよ」
「ありがとな。今となっちゃ、《竜の跳ね鳥亭》を経営したまんま、カトリーヌを嫁に迎えたい。キョウスケのことを、あの日拾って正解だったな」
「あの日のリーズヘッグは、すごく酔っていたね」
「ふん。クソッタレに文句を言わずにいられなかったんだ。日々の稼ぎじゃ借金を返すどころじゃなかったからな」
「そっか。お役に立てているなら光栄だよ。これからも、頑張るよ」
そうしてぽつりぽつりと会話をしながら《竜の跳ね鳥亭》までゆっくりと歩いた。
店に着いたら、夕飯の支度である。
今日はあっさりした兎肉の野菜炒めに決定。
汁物料理は醬油のごときユーカン風味である。
30分程度で夕飯の準備は整った。
カウンターに料理を並べて、席に着く。
木匙を取り上げて、二人で食べ始めた。
「うむ。美味い」
「お口に合って良かったよ。昼間のビーフシチューも美味しかったかい?」
「当然だ。あれは晩餐で出したい料理だな。俺は野菜があっても良いと思ったぞ」
「野菜はみんな溶かし込んじゃったんだよね。わかった、次に作るときは野菜も用意するよ」
「うむ。付け合わせのマッシュ・フォンディは最高だったので、そのままで良いぞ」
「わかったよ。数日後に夜の献立で出そう」
俺とリーズヘッグは、心からリラックスして会話を楽しんでいたのだが──そこに、思わぬ乱入者がやってきたのは、晩餐をたいらげた後のことだった。
「ごめんくださいよォ」
入り口から入ってきたのは、背の高い男だった。
あまり見かけない柄物のシャツを着ており、ぎらぎらと光る飾り物を首に下げている。
頭は油で撫でつけられており、表情は薄笑いだ。
「あの、今日は休業日なんですが……」
「ちゃァんとわかっておりますよォ。俺らみたいなのは、営業日に入るわけにいかないんでさァ」
「キョウスケ。そいつは、借金取りだ」
「リーズヘッグの旦那ァ、最近儲かっているようじゃございませんかァ。ちょいと利子だけでも、払っちゃくれませんかねェ?」
「今日、証文は持っとるか?」
「ええ、当然でございましょォ」
「では、全額払う事にする。利子を付けていくらになる?」
「全部で銀貨30枚と、黒銅貨12枚と、青銅貨6枚になりやすねェ」
「いま持ってくるのでそこで待っていて欲しい」
借金取りの男性が椅子に腰掛けたので、俺はそっと茶を差し出した。
「どォも、ありがとうごぜェやす。あんさんは、新顔ですねェ?」
「ええ、最近雇って頂けた料理番になります」
「この《竜の跳ね鳥亭》は歴史ある料理屋でしてねェ、常連客も多いですし、良い選択だと思いやすよォ」
「ええ。ありがとうございます」
男は茶をごくごくと飲んで、器を置いた。
「待たせたな。銀貨30枚と、黒銅貨12枚と、青銅貨6枚だ。確認してくれ」
「はい、拝見しやすよォ」
男は手慣れた手つきで銀貨を数え、丸っこい黒銅貨と青銅貨も数えた。
「丁度頂きやしたァ。これが証文でさァ」
「うむ。確かに。これで借金とはオサラバできるのだな」
「ええ。今後は、お借り入れのご用がある時に、お呼び下さいなァ」
「了解した。今のところ用事もない。お引き取り願おう」
「ご利用ありがとうございやしたァ。では、失礼しますゥ」
男は最後に、にかっと笑顔で俺を見つめてから、店を出て行った。
「これで借金はなくなったね、リーズヘッグ」
「ああ……。フランスパンの騒動が落ち着いたら、改めてカトリーヌの父君に婚約の申し入れをしなけりゃあ、ならんな」
「そうだな。頑張ってくれよ、リーズヘッグ」
俺は清々しい気持ちで、洗い物に手を付ける事になった。
ただ、フランスパンの起こす革命は、俺の思うより大きなうねりを持って、世間に広まってゆくのである。




