騎士の来訪
翌日、1月8日。
俺達はいつも通り午前6時に集まり、調理を進めていた。
俺とアイロスは、朝食の仕込み。
ファナとアディスは、新しい菓子の仕込みだ。
「今週の菓子は、ガル大福。作り方を教えるよ」
ファナとアディスにイチゴ大福のごときガル大福の料理帳を伝授する。
味見もして貰い、役割分担をしながら菓子を作っていく。
俺達はお互い邪魔にならないように配慮しながら、作業を進めた。
午前8時の鐘が鳴った。
従業員が顔を揃え、配膳を完了させる。
「朝食の献立は、牛の乳を使った汁物料理と、イルマと乾酪と兎肉のソテーを挟んだサンドイッチだ。じゃあ、頂こうか」
俺達は一斉に食べ始める。
汁物料理も、過不足のない仕上がりだ。
サンドイッチも、飽きの来ない美味しさだ。
俺は付け合わせのマッシュ・ポテトのごときマッシュ・フォンディを食べながら、ぼーっとしているファナに話しかけてみた。
「ファナ、ぼーっとしているようだけど、大丈夫?」
「え、ええ。美しいアディスを鑑賞していただけなの。美味しい食事に美しい男性。この職場は楽園だわ!」
「アディスは、大丈夫かい? 気を悪くしていないといいんだけど……」
「眺められるくらい、なんでもありません。気にしなくて大丈夫ですよ。本当に毎日食事が美味しいので、心が沸き立ってしまいますね」
ファナとアディスはそう言った。
アディスは確かに美しい男性なので、ファナの気持ちはわからないでもない。
アディスが嫌がってないなら、大丈夫か。
「あたしは早く婚姻したいけど、相手に妥協するつもりもないわ! あたしは、あたしにぴったり合う人を探すの!」
「それは得難いことですね。じっくり相手を選ぶのは、良いことだと思いますよ」
「そうでしょう、アディス。取り合えずは結婚資金を貯めないとね。この仕事も面白いし、立候補して良かったわ!」
ファナは朝から元気いっぱいにそう言っていた。
食後は、昼の仕込みである。
俺は兎肉の切り分け、アイロスは汁物料理の野菜を切り分けている。
ファナとアディスは、ミートソースの作成だ。
俺達は作業に熱中し、時間が過ぎていく。
午前9時半、ファナとアディスが出発した。
仕込みもあとひと息である。
ただ、出て行ったファナがすぐに店に駆け込んできた。
「ねえねえ、外に騎士様が並んでるんだけど! 石塀の中から出てくるなんて、すごいわ! じゃあ、それだけ。仕事に行ってくるわ!」
ファナはよっぽど興奮したようだった。
「リーズヘッグ、騎士ってなんだい?」
「この町の奥には石塀があってな。そこの先には城下町がある。そこには城があり、領主様が暮らしとる。城下町を守るのが、騎士だ」
「へえ。なんだか凄そうだね」
「実際、優秀でないとなれないらしいぞ。城下町に戸籍がないと、騎士にはなれん」
「そっか。なんにせよ、食べに来てくれるなら、お客さんだ。喜んで貰えるといいね」
リーズヘッグは、にやりと笑った。
「城下町の気取った舌を持つあやつらが、お前さんの料理をどう思うか興味があるな。まあ、お前さんはいつも通りで良い」
俺はレタスのごときイルマを千切りながら、アイロスに話しかけた。
「アイロスは騎士って見たことある?」
「あるわけがない。騎士は衛兵と別物だぞ。うちの店の評判を聞きつけたんだろうが、たいした騒ぎだな」
アイロスは汁物料理の味を見つつ、少し嬉しそうである。
騎士が料理を食べに来ることは椿事らしい。
俺はまだ見ぬ騎士の事が気になって仕方なかった。
午前11時の鐘が鳴り響く。
まず常連さんが入ってきて、次に紺色の生地に金色の刺繍の制服を着た男性12名が、入ってきた。
その一団は、きらびやかであった。
みんな鍛え上げられた体軀をしていて、刀を下げている。
眉目秀麗な集団なので、人目を集めている。
そんな中でも、プリムは堂々と案内し、注文を取った。
ジュレは、お茶の配膳をしている。
「1番から6番まで1つずつと、1番テーブルと2番テーブルに6つずつ!」
「あいよ!」
「7番から12番まで、1つずつです!」
「あいよ!」
俺は肉を掴み取り、鉄鍋に投じた。
焼きあがったら食べやすい大きさに切り分け、レタスのごときイルマと乾酪と一緒に、フランスパンに挟んでいく。
昼は毎日同じ付け合わせで、マッシュ・ポテトのごときマッシュ・フォンディと、カボチャのごときエリマを練り込んだクッキーである。
付け合わせの盛り付けと、汁物料理の取り分けは、アイロスの担当だ。
俺は出来上がった日替わりを、カウンターに並べていく。
「1番から6番まで1つずつ、上がったよ!」
「は、はい!」
俺は2つ鉄鍋を使って、肉を焼き始めた。
仕上がったサンドイッチを木皿に盛っていく。
「1番テーブルと2番テーブルの6つずつ、上がったよ!」
「はーいっ!」
俺は鉄鍋に肉を投じて、焼き続ける。
注文は次々に入ってくる。
俺はしばし料理に没頭し、注文をさばき続けた。
リーズヘッグに呼ばれたのは、注文が一段落ついた頃合いだった。
「騎士様がキョウスケに挨拶をしたいそうだ。ちょっと抜けれるか?」
「うん。今なら大丈夫だよ。アイロス、ちょっと行ってくるね」
俺はリーズヘッグに導かれ、1番テーブルに挨拶をした。
「お待たせしました。《竜の跳ね鳥亭》へようこそ。俺が料理長のキョウスケです。料理のお味は如何でしたか?」
「美味かった。少し薄味だが、このあたりで流行している塩辛い味付けよりは、俺の好みに合った。お前なら、石塀の中でも店を持てるぜ?」
「お口に合ったのなら光栄ですが、俺はこの店の料理番として生きていくと誓っております。石塀の中に興味はありません」
「そうか。この店は石塀の中でも話題になるくらい、人気がある。少なくとも俺の隊の奴らは、のきなみ、お前の料理を気に入ったようだ。ただ、菓子が美味と聞いていたんだが、この焼き菓子だけでは、判断がつけられんな」
「それはすみません。夜なら、もう少し立派な菓子をお出ししております。露店の方では、菓子も売りに出しておりますよ。早めに行かないと、売り切れてしまいますが……」
「おお、そうなのか。では、買いに行こう。お代はここに置いていくぞ。また来る。俺は第三騎士隊隊長ローガンだ。よろしく頼むぞ、異国の料理人よ!」
ローガンと名乗った男は、そう言って立ち上がった。
ローガンは真っ赤な短髪で、青色の瞳。
ガッチリした体格で、派手な制服がよく似合っていた。
俺は一礼して調理場に戻った。
リーズヘッグがお会計を承り、騎士達はどんどん帰っていく。
やがて騎士は露店街に向かった。
今の刻限なら、菓子も売り切れてないはずだ。
俺は城下町の民にも美味しいと言って貰えたのである。
俺はそれを自信にさせて頂くことにした。
俺は一生《竜の跳ね鳥亭》で料理番をやっていく。
誰に何と言われようとも、これだけは譲れない。
俺は熱意に燃えて、肉を掴み取るのだった。




