元教師の男性
午後4時半、ダビとルルイエは、出発していった。
俺とアイロスの仕込みも、あとひと息である。
午後5時の鐘が鳴る。
開店の刻限である。
並んでいたお客が怒濤のごとく押し寄せてくる。
順番にプリムが注文を取り、ジュレがお茶を配膳する。
注文がどんどん入ってくる。
汁物料理の取り分けと、付け合わせの盛り付けは、アイロスが担当してくれる。
俺はビーフシチューを注ぎ、カウンターに並べていく。
「1番から6番、上がったよ!」
「は、はい!」
「お次、1番テーブルの5つ、上がったよ!」
「はーいっ!」
俺はどんどんビーフシチューを注いでいく。
注文をさばいていくが、客足は途切れない。
気付けば1つ目の鍋が空になる。
新しい鍋を温めて、温まったらまたビーフシチューを注ぐ。
しばらく経って、注文が一段落した頃。
リーズヘッグに呼ばれ、調理場から抜け出した。
「この男が、露店を手伝ってくれる元教師の男だそうだ。働く前に、料理の味を確かめに来てくれたそうだ」
俺は、挨拶も忘れてぼーっとしてしまった。
その男性はフード付きのシャツを着ていたが、フードをはねのけており、その顔を晒している。
髪は青色で、瞳は緑色である。
美しく配置された目鼻立ちが素晴らしく整っており、俺は数秒見入ってしまった。
「失礼しました。《竜の跳ね鳥亭》へようこそ。俺が料理長のキョウスケです。料理のお味は如何でしたか?」
「夢のように美味でした。この店の料理帳を俺が覚えられるのか、不安なくらいです。俺を雇って頂けますか?」
「はい。あんまりお美しいので驚きました。こちらこそ宜しくお願いします。それで料理帳の伝授なんですが、28日は空いていますか?」
「ええ、空いています。お店にお伺いすれば宜しいですか?」
「はい。午前8時に集合して、一緒に朝ご飯を食べましょう。料理帳は、3種の伝授を予定しています」
「わかりました。あと、俺に敬語は必要ありません。気さくに喋って下さい。俺はアディスと言います。ではまた、28日に」
俺は一礼して、調理場に戻った。
「男であんなに美しい顔のやつは初めて見たわい。俺もつい見入ってしまったわ」
リーズヘッグはそのようにぼやいて、店内へ戻っていった。
俺はビーフシチューと菓子の提供に集中した。
それからしばらくして、フードを被った団体客が入ってきた。
それは一度挨拶をさせて貰った、商団フォールンの団長ジーンである。
30名の団体客で、次々に着席していく。
彼らにも、渾身のビーフシチューを堪能して貰えれば幸いであった。
そして午後8時半、ダビとルルイエが帰還する。
今日も全て売り切ったとのことで、満面の笑顔であった。
二人は速やかに、皿洗いを手伝ってくれた。
それからしばらくして、旅芸人のナターシャ達もやってきた。
店内はざわつくが、ナターシャ達は気にせず自然体である。
そして料理を出し終え、ひと息ついた時にリーズヘッグに呼ばれた。
「前にも来た商団のジーンという男がお前さんに挨拶をしたいそうだ」
俺はリーズヘッグに導かれ、奥のテーブルに足を運んだ。
「お待たせしました。《竜の跳ね鳥亭》へようこそ。お久しぶりですね、ジーン。料理のお味は如何でしたか?」
「はい。お久しぶりですね、キョウスケ。料理は肉料理が特に美味でした。菓子も面妖で面白い。私達はとても満足です」
「そうですか。お口に合って光栄です」
「あの香草の料理は出していないのですね。《鯨空亭》、《ゲネローペ》、《弁天亭》、《ロッカミレイ》、香草の料理、食べれました。どれも美味でした」
「カレーはたまにしかお出ししていないのですよね。今日はカレーでなくて、申し訳ありません。他のお店のカレーにもご満足頂けたようで、嬉しく思います」
「また、来ます。香草の料理に当たれば、幸いです。ご挨拶ありがとうございました」
俺は一礼して、調理場に戻ることにした。
ビーフシチューを注ぎ、菓子を出す。
それを繰り返していると、午後9時の鐘が鳴った。
ジーン達、商団フォールンの30名も帰っていき、どんどんお客がはけていく。
最後の1人まで帰ったら、店に鍵をかける。
「みんな、お疲れ様ーっ! 今日も凄い勢いだったね!」
プリムが明るいかけ声で、みんなの疲れを癒やしてくれる。
俺とアイロスは、晩餐の仕込みだ。
俺は兎肉を一口大に切り、タマネギのごときカペラと、ピーマンのごときファン、ナスのごときビト-を、ゴマ油のごときガシュの油で炒める。
火が通ったら醬油のごときユーカンを回しかけ、完成だ。
付け合わせが盛られた木皿に、肉野菜炒めを盛り付ける。
汁物料理はアイロスが取り分けてくれた。
配膳はジュレ、お茶はプリムが準備してくれた。
「汁物料理はコンソメスープ、肉料理はガシュの油で炒めた肉野菜炒め。菓子はプリンを準備しているよ。さぁ、召し上がれ」
みんなで突き匙を取り上げ、食べ始める。
「うーん、美味しいっ! ガシュの油って香りがいいよねーっ!」
「い、いつもキョウスケの料理は美味しいです。汁物料理も優しい味わいで、ほっとします」
「うむ。美味い」
プリム、ジュレ、リーズヘッグが感想を述べ立てた。
「そういえば、夜に例の露店を手伝ってくれる元教師の男性が食べに来てくれてたよ。挨拶をさせて貰ったけれど、本当に美しい男性だねぇ」
「そうだろ? 俺も驚いたもん。28日の都合はつくって言ってたか?」
「うん。28日の午前8時に集合だね。あの裁縫屋の娘さんがびっくりしないといいんだけど……」
「ふふ……。28日が楽しみね……」
ダビとルルイエがそう言って微笑む。
まあ、心配しても仕方がない。
28日を待つほかないだろう。
「じゃあそろそろ、菓子を持ってくるね」
菓子のプリンを配膳し、俺も着席する。
プリンは優しい味わいで、飽きの来ない美味しさがある。
俺はみんなの満足そうな顔を見ながら、ひと息つくのだった。




