裁縫屋の娘
それからしばらく、忙しない時間が続いた。
注文をさばききり、ひと息ついたタイミングで、リーズヘッグが俺を呼んだ。
「例の、裁縫屋の娘が来とる。お前さんも挨拶するといい」
「わかった。アイロス、少し抜けるね」
俺はリーズヘッグに導かれ、その女性の前に立った。
「お待たせしました。《竜の跳ね鳥亭》にようこそ。俺が料理長のキョウスケです。料理のお味は如何でしたか?」
言いながら、その女性を観察させて頂く。
茶色の長髪に茶色の瞳。
半袖のシャツに巻きスカート。
特におかしなところのない、可愛らしい女性である。
「料理の味に感動したわ。あたしも料理は得意だけど、ここまで美味しくないもの。露店の話は、聞いてるでしょ? 一生懸命やるから、雇って欲しいわ」
「お口に合って光栄だよ。同僚は男性になるんだけど、諍いを起こさずに、頑張って貰えるかな?」
「勿論よ。どんな人でも大丈夫。あたしに任せておいて!」
「そっか。じゃあ、雇うから頑張ってね。次の休業日に料理帳を伝授したいんだけど、空いてるかな?」
「28日よね。空いてるわ」
「じゃあ、午前8時に集合して、一緒に朝ご飯を食べよう。一日で3種類の料理帳を伝授するからね」
「わかったわ! 絶対諍いなんて起こさないから、安心して! あたしはファナっていうの。じゃあ、28日にまた来るわ」
「うん。待ってるよ。宜しくね」
俺はリーズヘッグに今のことを伝えてから、調理場に戻った。
鉄鍋に火を入れて、肉を投じる。
店内は大賑わいで、お客は陽気に笑っている。
ファナは気が強そうだけど、頼もしさも感じた。
さて、もう1人の男性は、どんな人だろう。
俺は楽しみで仕方がなく、わくわくする気持ちを抑えきれなかった。
それからしばらくして、午後2時半、ダビとルルイエが帰還した。
今日も全てを売り切ったとのことである。
二人は速やかに、皿洗いを手伝ってくれた。
そして午後3時の鐘が鳴り響く。
閉店の刻限である。
お客がどんどんはけていき、最後の1人も帰ったら、休憩時間だ。
俺とアイロスは昼食の仕込みに取り掛かる。
ジュレとプリムは店内の清掃、リーズヘッグは金勘定、ダビとルルイエは皿洗いである。
「昼食の献立は、汁物料理はコンソメスープ、肉料理はビーフシチュー、付け合わせは甘く煮たメイリグと、素揚げにしたフォンディに塩を振ったもの。それに輪切りにしたフランスパンを添える。菓子は、プリンだ」
「その付け合わせは覚えている。汁物料理も教えて貰えるか?」
「うん。野菜は、カペラとメイリグと、テーペを入れる。肉は兎肉を一口大に切り分ける。鉄鍋にマオマオの油を敷いて、兎肉を炒める。色が変わったら、カペラとメイリグとテーペを入れて炒める。そこに水を加えて煮込んでいく」
「うむ」
「アクを取りながら半刻煮込み、味の粉と塩、黒胡椒で味を整える。これで完成だ。汁物料理も任せるよ、アイロス」
「ああ、任せてくれ」
俺はタマネギのごときカペラと、ニンジンのごときメイリグを薄切りにする。
牛肉を大きめに切り分け、鉄鍋に火を入れる。
マオマオの油を敷き、強火で表面をしっかり焼く。
デミグラスソースを作る。
片手鍋にサフアを計り入れる。
中火で点火し、焦げないよう絶えず混ぜながら炒める。
茶色になったら器に出しておく。
タマネギのごときカペラのスライスも加えて、塩ひとつまみを振り弱めの中火でおおかた透き通るまで炒める。
果実酒と水を加えて、片手鍋全体がしっかり沸騰するまで煮立たせる。
しっかり一煮立ちしてアルコールを飛ばしたら、アクを取る。
砂糖、ケチャップ、ソースを加えて、よく混ぜて溶かす。
炒めたサフアを、少量ずつ煮溶かしていく。
この時、火は止めておく。
コクと深みをプラスするためチョコレートのごときヨーデルを溶かし込んで完成。
デミグラスソースの中に牛肉と、薄切りにしたタマネギのごときカペラと、ニンジンのごときメイリグを入れて、弱火で煮込む。
野菜が溶ける程煮込んだ後、一口大に切ったニンジンのごときメイリグと、ジャガイモのごときフォンディを入れる。
柔らかくなるまで煮込み、完成だ。
その後はプリンの卵液を作り、器に流し入れ、蒸し器で蒸す。
しばらくして、料理が全て出来上がった。
配膳はジュレ、お茶はプリムが準備してくれた。
「お待たせしたね。昼食の献立は、汁物料理はコンソメスープ、肉料理はビーフシチュー、菓子は、プリンだ。さぁ、召し上がれ」
俺達は突き匙を取り上げ、一斉に食べ始めた。
「ぐぬぬ……このビーフシチューは前に食ったものより美味いな」
「あ、わかるかい? デミグラスソースの作り方を改良してみたんだ」
「味に深みが増しておる。文句なく美味い」
リーズヘッグが嬉しい感想をくれた。
俺も味を見てみたが、実に旨みに溢れていて、素晴らしい味わいだった。
汁物料理のコンソメスープも、過不足のないお味である。
フランスパンを千切って口に放り入れ、俺はファナの事を思い出した。
「ダビ、件の裁縫屋の娘さんなんだけど、お昼にお店に来たよ。無事に雇うことになったから、報告しておくね」
「そっか。わかったよ。でも、料理帳を伝授しなきゃいけないだろ?」
「そうなんだよ。それでね、28日は空いているかい? 俺とアイロスは宴席の料理の試作で手が空かないんだ。良かったら、講師役もやって貰えないかと思ってね」
「28日は空いてるぜ。いいよ。ミートソースとナポリタンと、カルボナーラの料理帳を伝授すりゃあ良いんだろ?」
「わたしも……役割分担を教えるわ……」
「ありがとう。午前8時に集合って言ってあるからね。ダビとルルイエも一緒に朝ご飯を食べよう」
ダビとルルイエは、快諾してくれた。
みんなの皿が空いたので、菓子のプリンを配膳する。
みんな、満足そうに食べてくれた。
食後は、夜の仕込みである。
ビーフシチューの野菜を切り分け、肉を焼く。
デミグラスソースの作成に時間がかかるが、その価値は折り紙付きであった。




