サフア屋へ行く
翌日は早朝から、フランスパンを焼く事になった。
サフア屋へ持って行く手土産に、3本ほど焼いて持って行くのだ。
朝食はフランスパンを焼いているうちに、リーズヘッグと一緒に済ませて置いた。
「リーズヘッグ、俺はどういう自己紹介をすべきだろうね? 俺が見も知らぬ国からやってきた、なんて事は、知られない方が良いだろう?」
「お前はこの《竜の跳ね鳥亭》の料理番だ。自己紹介の時はそう言うと良い。ただし、来歴を誤魔化す必要はねえよ。聞かれたらそのまま答えりゃ良い」
「そっか。ありがとう、リーズヘッグ」
「けっ。今日行くサフア屋は町一番のでかさだ。気難しさでも町一番だろうから、気合い入れておけよ」
「わかった。金額交渉なんかじゃあ、役に立てないだろうけど、フランスパンについては、頑張るよ」
そうこうしてるうちに、フランスパンが焼き上がった。
籠に3本のフランスパンを入れて布を被せる。
その籠はリーズヘッグが持ち、俺は布の鞄に天然酵母の瓶を3つ入れた。
店を出て、右手の歩道を歩く。
まだ8時位なので、人通りもまばらだ。
リーズヘッグはのしのしと歩いて行く。
遠くに教会のような建物が見えて、俺はリーズヘッグに声をかけた。
「あれは何の建物だい?」
「あれは聖堂だ。この時間から子供を預ける親もいると思うぞ。祈りを捧げたいのなら、帰りに寄るか」
「いや、何て言う神様を崇めてるのか興味があったんだ」
「そんなもん、女神アウローシア様に決まっておる。別に男神ルルリオ様でも良いが、この国では他に聞かんな」
「わかった。女神アウローシア様に祈りを捧げるよ」
俺はどのような現象でこの世界にやってきたのか──それは、神様の所業であると、俺は思う。
ならば、ジタバタしてもしょうがない。
俺は俺に出来ることを、一つずつこなしていくしかないのである。
それから30分程歩いて、大きな黄色い屋根のお屋敷に到着した。
サフア屋というわりに、ちっともお店っぽくない。
綺麗に整えられた庭に、門番まで立っている。
リーズヘッグは怯むことなく、門番に話しかけた。
「俺は《竜の跳ね鳥亭》のリーズヘッグ。こっちはキョウスケだ。今日はサフア屋に売る料理帳の話が合って、やってきた。カトリーヌは在宅か?」
「見本品は持参しているか?」
「ああ」
「製法を知る者はお前達だけか?」
「ああ。製法はこっちのキョウスケしか知らない」
門番はひとつ頷くと、庭を通ってお屋敷に入っていった。
しばらくして、俺とリーズヘッグも控え室に通された。
調度品がぴかぴかで、少し落ち着かない。
しかも、お茶が振る舞われたのだが、それは紅茶だったのだ。
「このお茶はなんていう茶なんだ?」
「知らねえよ。フォンディの皮を煎じて飲む茶くらいしか、うちでは扱っちゃいねえからな」
「そっか。とても美味しいお茶だね」
リーズヘッグは難しい顔をしつつ、お茶を飲み干した。
しばらくして、小姓と思しき少年がやってきた。
「カトリーヌ様がお会いになります。こちらへどうぞ」
塵一つ落ちていない廊下を進み、2階に上がった。その突き当たりが、カトリーヌの部屋であるようだった。
「お客様をお連れしました」
「入って頂戴」
扉が開き、小姓に促されて中に入る。
背中で扉が閉まり、俺とリーズヘッグはソファに着席した。
向かいのソファに座しているのがカトリーヌだろう。
髪は金髪で、瞳は青色である。年の頃は、20代後半であろう。
カトリーヌは袖のないワンピースを着用しており、藤色の装いがまたとなく似合っていた。
「……今日は面会を許して頂き、感謝している。久しぶりだな、カトリーヌ」
「ええ。リーズヘッグもお元気そうで何よりですわ。今日はどんなものをお持ち頂けたの?」
「今日はフランスパンというサフアを使った料理を持参した。……これだ」
リーズヘッグが籠を机の上に置き、布を取り去る。
そこには、3本のフランスパンが収められていた。
「これが……サフアですの?」
「ああ。勿論サフアだけではないがな。ぜひ試食してみてくれ」
「わかったわ。人を呼ばせて頂くわね」
ちりりりん。
カトリーヌが机上のベルを鳴らすと、一人のメイドが速やかに入室してきた。
「お待たせ致しました、お嬢様」
「これを切ってきてくれるかしら? あと、お茶の用意と……あなたもここで一緒に試食してくれる?」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
メイドは籠を持って扉を出て行った。
「リーズヘッグ。噂は聞いていてよ。異国人の料理番を手に入れて、あなたの料理屋は毎日満員だそうね」
「まあな。こいつがその料理番で、キョウスケという。フランスパンを作ったのもこいつだ」
「まず、あんな形に焼き上げるのは至難の業であるはずね。サフア屋の私が言うのだから、間違いないわ」
「はい。俺の用意したあるものを入れることによって、サフアを発酵させることが叶います。それで膨らませて、ああいった形に焼き上げられるわけです」
「そう、発酵の技術を用いるのね。ますます興味深くなってきたわ」
カトリーヌは、上機嫌ににっこり笑顔を見せたのだった。




