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秘密兵器

 それから、3日が過ぎた。

 なんとか醤油に変わる調味料を見つけることが出来た。

 それはユーカンと呼ばれる発酵調味料で、リーズヘッグが3日間調味料屋に通い詰めて見つけてくれた一品である。

 基本的に塩胡椒で焼くだけだった献立が一気に華やぐ、素晴らしい出会いであった。


 それと同時に、俺はあるものを自作していた。

 早朝の調理場で、秘密兵器をサフアに混ぜ込んでいく。

 一次発酵が済むまで、俺は朝食の準備だ。

 コンソメキューブのようなものを、リーズヘッグが買ってきてくれたので、今日はコンソメスープだ。

 具材は、ジャガイモのごときフォンディと、ニンジンのごときメイリグと、タマネギのごときカペラ。それとキャベツのごときノーマである。

 

 マッシュ・フォンディがとても好評だった為、マッシュ・フォンディは毎日作っている。

 それと、エリマを練り込んだクッキーも大好評だった。

 持ち帰りで買って帰りたいという客もいたぐらいなので、今日もエリマを煮込んでいる。


 サフアの一次発酵が終わったら、もう一度サフアを練り込み、成形していく。

 作っているのは、フランスパンだ。

 石窯の余熱をしている間に二次発酵をして、縦に三本、クープを入れる。

 そして、カリッと焼き上げれば出来上がりだ。


 フランスパンが焼き上がる頃には、コンソメスープもマッシュ・フォンディも、煮詰めたケチャップも出来上がっていた。

 フランスパンが焼き上がった後、クッキーも焼き上げる。

 兎の肉を薄切りにして焼いた上にケチャップをかけて、完成だ。


「おう、いい匂いだな。そのでけえのは何だ?」


 市場から帰ってきたリーズヘッグが、フランスパンに目を付けた。


「これはサフアだよ。ちょっと工夫を凝らしてみたんだ。さあ、朝食にしよう」


 俺は二人分のお茶を入れて、カウンターに腰掛けた。

 まずは、フランスパンの試食である。

 一本の半分を一人分としたが、普段のサフアと比べて、随分な質量だ。

 何枚かに切って出した方が、お客には良いだろうか。

 千切って、口に入れると、サフアの香ばしい風味が口いっぱいに広がる。

 俺の知る小麦とそう変わりのない風味だ。

 自宅のマンションでもフランスパンをよく焼いていた俺にとって、これは懐かしい味であった。


 兎肉のソテーも美味だし、付け合わせも申し分ない。

 コンソメスープも美味しく出来たし、大満足の朝食であった。

 それでリーズヘッグを見てみると、リーズヘッグも全て綺麗にたいらげていた。

 だが、眉間に皺を寄せたその顔は苦渋に満ちており、口に合わなかったのかと慌てることになった。


「ま、まずかったかい? フランスパンは故郷の味だから、俺は美味だと思ったけれども……」


「フランスパンか。あのサフアの名前だな? これは、……革命だ」


 リーズヘッグは俺を見つめて、真面目な顔をした。


「このフランスパンはこのままでは、店に出すことは出来ない。今日の営業はいつも通りのサフアで通せ。明日は休業日だから、一緒にサフア屋へ行こう」


「え? サフア屋?」


「ああ。こんな新しい食べ方はサフア屋も知らないだろう。せいぜい高く見積もって貰おう。どうせ、店で使いたくとも家の設備じゃあ、全員分は焼けまい?」


「そうだな。サフア屋って所がフランスパンを焼いてくれるなら、大助かりだ。余ったらフレンチトーストも作れるし、その他にも作りたい料理がたくさんあるよ」


「うむ。キョウスケの料理帳を売ることになるが、構わぬか?」


「相応のお金で買って貰えるんだろう? それがリーズヘッグの為になるなら、嬉しいよ」


「うむ。決して安売りはしない。明日、手土産に持って行く分のフランスパンを焼いてくれるか。それと、あの瓶が必要なんだろう?」


「うん。これが天然酵母さ。サフアを発酵させる為に必要な汁だね。これも明日、持って行くことにしよう」


 天然酵母は毎日仕込んでいたので、在庫も十分にある。

 まあ、作り方を教えるとは言っても、多くても6本程焼けば十分だろう。

 あとは、フランスパン用の天板を用意して貰う位かな。


「常連客はキョウスケの料理を大喜びで食べておる。しかし、あまり牛の肉は使っておらんな?」


「兎の肉が美味すぎて、ついついね。でも、今夜は牛の肉で新しい料理を作る予定だよ」


「そうか。それなら構わん。俺も晩餐を楽しみにしているぞ」


「まずはお昼の営業が終わったら、試作品を作ってみるからね。ぜひ味見をしておくれよ」


 俺はリーズヘッグに笑いかけて、仕込みの仕事をするために、立ち上がった。





 昼営業も、おおよそ、うまくいった。

 ただ、いつものお客さん以外にも、店を訪れるお客さんが増えているように感じられた。

 お昼の営業は鐘3つまでなのだが、閉店するまで休む暇はどこにもありはしなかった。


「客が増えてるって? そりゃあ、こんなに美味いんだから当然さ!」


「この《竜の跳ね鳥亭》は、俺の定宿でも噂になっていたぜ!」


「うちも!」


「うちもだ!」


 そんなわけで、意外と広い店内も満員である。

 俺はありがたい気持ちでいっぱいになりながら、肉を焼き続けたのであった。


 そして客がはけた後は、わずかばかりの休息を取りつつ、軽食の準備である。

 まず、牛の肉をざっくりと大きめに切り、その後ミンチにする。

 一人頭200グラム相当で準備しているが、夕食には足りないかもしれない。

 卵と塩と胡椒、つなぎにサフアと、タマネギのごときカペラのみじん切りを合わせて、捏ねていく。

 しっかり捏ねたら、手に一人分を取り、丸めて空気を抜いていく。

 そう、これはハンバーグを作っているのである。


 かまどは弱火のかまどと強火のかまどを用意して、まずは片手鍋に油を敷く。

 そこにハンバーグを2個並べて置き、焼いていく。

 じゅうっと牛の脂の焼ける音が響き、良い香りが漂う。

 表面に焼き色がついたら、ひっくり返して、弱火のかまどに移動する。

 後は、果実酒を注ぎ入れて、蓋をして蒸し焼きにするだけだ。

 火が通ったら、皿に出して、肉汁に醬油のごときユーカンを入れて味を整えて、ハンバーグにかける。

 これで、ハンバーグの完成だ。


 付け合わせは、甘く煮たニンジンのごときメイリグと、素揚げにしたジャガイモのごときフォンディに塩を振ったものだ。

 汁物料理は、牛の乳をふんだんに使った、あっさり味のミルクスープだ。

 具材は、兎の足肉とタマネギのごときカペラ、ニンジンのごときメイリグ、キャベツのごときノーマ、後は水で戻したキノコを入れている。


「おお、今日の料理は一段と美味そうだな」


 リーズヘッグはいそいそと席に着き、木匙を取り上げた。

 俺も隣に座り、お茶を一口飲んでから、木匙を取り上げた。

 まずはハンバーグから食べるべきだろう。

 俺は一口分を取り分けると、口に放り入れた。

 口の中で肉の塊がほろほろとほどけていく。

 牛肉だけで作るハンバーグは久しぶりだったけれど、すごく美味だ。

 俺は皿の横に添えたフランスパンを千切り、口に放り入れた。


「ああ、すごく美味しいよ。ハンバーグもフランスパンも、晩餐にぴったりだな」


 言いながら、汁物料理をすすり、またハンバーグを食べる。

 あっという間に全て食べ終わり、お茶をすすった。


「美味だった。あの肉はもっと大きくても良いな。あっという間に食ってしまったぞ」


「わかった。お客に出す分は、大きめに作るよ。この献立で、今夜を乗り切ろうな」


「これを不味いと抜かす客は、うちに来なければ良いのだ。お前は、自信を持って仕事を果たせ」


 そう言うリーズヘッグは、ひとつのかまどに目をやった。


「あれは、俺が買ってきた蒸し籠だな。まだ料理が用意されているのか?」


「うん。食後に菓子を食べる習慣があるんなら、うちでも食後に菓子を出したらどうかと思ってね。とりあえずプリンを作ってみたんだよ」


 俺は調理場に入り、蒸し籠から二つのプリンを取り出した。

 作り置きのカラメルソースを上からかけて、完成だ。

 

「木匙ですくって食べてくれ。結構甘いぞ」


 俺もリーズヘッグの隣に腰掛けて、プリンを味わう。

 柔らかくて、甘い。

 うん、結構上手く出来たと思う。


「……これを客に出したら、毎日プリンを要求されるぞ。その覚悟はあるか?」


「まかせておいてくれよ。気に入って貰えるなら、何個でも作って見せるさ」


 俺は、今の生活が気に入っていた。

 リーズヘッグはぶっきらぼうだが、優しく思いやりのある人物だと思う。

 俺はいつまでだって居候を決め込んでやろうと、そのように決意していたのである。

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