やっぱり夢じゃない
ふと目覚めると、そこは見知らぬ寝室であった。
ベッドで眠っていた為、ゆっくりと辺りを見回す。
窓にかけられたカーテンの隙間から、朝日がこぼれている。
窓辺にある机には、俺が持ち込んだ喪服一式と腕時計が置かれている。
「やっぱり、夢じゃなかったんだな……」
ここはリーズヘッグの店であり、2階の居住区である。
俺は2階の空き部屋を、一部屋まるまる貸し与えて貰えたのだ。
しかも、日替わりで俺の料理を売る限り、家賃は取らないという。
「キョウスケは大事な料理番だ。他の店に引き抜かれねえように、大事にしねえとな」
リーズヘッグは、そのように言っていた。
身支度を整えて、部屋を出る。
1階に降りると、丁度7時の鐘が鳴った。
朝から調理場に入る許可は貰っている。
俺は昨日手を付けなかった野菜の検分を始めた。
カブのようなダリヤ、ニンジンのようなメイリグ、キャベツのようなノーマ。
それ以外でいうと、朱色の丸くて大きなイノッサ。緑色の皮が固いエリマ。皮がミカンのように剥けるフォンディ。
まずは、イノッサから使ってみよう。
思ったより柔らかい身を、ざく切りにしてみる。
生食は可能と聞いていたので、端っこを食させて頂いた。
ふむ、これはトマトに似ている食材のようだ。
しかも、かなり酸っぱい。
煮込み料理で使うと、美味しそうだ。
次は、エリマだ。皮が随分固いので、剥かずに鉄鍋の中に沈める。
井戸から汲んできた水を水瓶から鍋に注ぎ、ラオの葉で火をつける。
今のところ、3回に1回、成功している。
鉄鍋をもう一つ、用意して、フォンディをいくつか茹でていく。
それと昨日の夜に見つけたリューカの卵も、一緒に茹でていく。
昨夜の商売は、大成功に終わった。
俺の料理、兎肉の野菜炒めが、常連のお客達にものすごく評判が良かったのである。
「こりゃあ美味い! いつもの塩辛い料理よりも、数倍美味えじゃねえか!」
「なあ、新しい料理番を雇ったなら、昼からも店を開けてくれよ。なっ、リーズヘッグ!」
リーズヘッグはお客の嘆願をかわしきれず、朝から市場に出向いている。
俺も色々と注文を付けてしまったので、リーズヘッグが戻ってくるまでに、朝食をこさえたいところだ。
俺はマオマオの油と、卵の黄身、塩と酢を準備した。
そう、マヨネーズを作るのである。
マオマオというのは豆の名前であるとのことで、植物性油ならば、風味の強いガシュの油よりも、マオマオの油が良かろうと決めたのだ。
まず、卵黄と酢と塩を混ぜ合わせる。
手作りマヨネーズは俺も久しぶりだ。
マオマオの油を少量ずつ、入れて攪拌していくと、マヨネーズが出来上がっていく。
全部油を入れたら、マヨネーズの完成だ。
味を見てみたが、ばっちりである。
さて、茹でていたエリマは皮ごとぱっくり割れて、中から鮮烈な橙色が覗いている。
味見をしてみると、優しい甘みとほくほくとした食感が舌の上に広がる。
どうやらエリマは、カボチャのような野菜のようである。
醤油が欲しいが、ないならないで、砂糖で甘く煮付けようと思う。
次は、フォンディだ。
火の通った乳白色のフォンディを味見すると、強い味はないが、ほくほくとした美味しさだ。
フォンディは、ジャガイモのごとき野菜であった。
丁度良くマヨネーズが完成した所であったので、フォンディをすりこぎを使って潰していく。
潰し終えたら、ゆで卵を荒く潰しておく。
フォンディとマヨネーズを合わせて、塩と黒胡椒で味を整えたら、マッシュ・フォンディの完成だ。
勿論、マッシュ・ポテトのつもりで作った料理だ。
あとは、タマネギのごときカペラをみじん切りにして、ゆで卵を潰した物とマヨネーズと和える。
これで、タルタルソースの完成だ。
そして、サフアという小麦粉のようなものに、水を加えて練っていく。
どうやらこの国ではパンよりも、平べったく焼き上げたサフアが主流とのことで、フランスパンのようなパンは存在しない。
油を敷いた片手鍋に、サフアの生地を流し込んでいく。
ホットケーキの要領でサフアを焼き、ひっくり返す。
2枚焼いたら、またタマネギのごときフォンディをみじん切りにして、鉄鍋に移す。
ざく切りにしたトマトのごときイノッサをたっぷり入れて、水と塩、風味付けに果実酒を入れる。
それを煮込みながら、カボチャのごときエリマの出来映えを見る。
「うん、すごく甘くて美味しいや」
もし、この甘さがお気に召さないようなら、サフアに練り込んで焼いても美味しそうだ。
俺はニンジンのごときメイリグと、キャベツのごとぎノーマ、タマネギのごときカペラを適切な大きさに切り、トマトのごときイノッサの鍋に入れた。
肉は兎の肉をひと口大に切り、鍋に入れる。
後は味見をしながら、煮込んでいく。
もうそろそろ出来上がりかな、という位時間が経ってから、リーズヘッグが帰ってきた。
「ただいま、キョウスケ。朝飯は出来たか?」
「うん。おかえり、リーズヘッグ。頼んでいたものは買えたかい?」
「ああ。まずは乳脂と牛の乳だな。それといくつかの香草と……ショウユというものはなかったので、調味料屋で売っていたリーリギのタレと、あとは店主に見繕って貰った。あと、重要なのは新鮮な葡萄だと言っていただろう。それも無事に買えたぞ」
「ありがとう、リーズヘッグ。さあ、朝食にしよう」
片手鍋で兎の肉を薄切りにして焼き、火が通ったらサフアの上に載せて、タルタルソースをかける。そしてクレープのように巻いて出来上がりだ。
皿にマッシュ・フォンディと、エリマの煮付け、兎肉のタルタルソース巻きを乗っけて、カウンターに向かう。
汁物料理は木皿によそい、机に置く。
茶を二人分用意して椅子に座ると、リーズヘッグは木匙を手にして、食べ始めた。
俺もまずはマッシュ・フォンディから頂く。
「うん、美味しいな」
ほくほくしたジャガイモのようなフォンディが、マヨネーズと和えられた事によって、程よい酸味を感じさせる。
次はエリマの煮付けだ。
塩も振っているが、砂糖で甘く煮付けただけなので、おかずになるのか心配だ。
一口、口に入れると、強い甘みが舌の上に広がった。
しかし、美味である。
エリマのほくほくとした美味しさに、つい頬が緩んでしまう。
最後は兎肉のタルタルソース巻きだ。
手に持ってかぶりつくと、兎肉の脂身とタルタルソースが混じり合い、えもいわれぬ美味しさであった。
汁物料理も、一口すすってみると、満足いく味わいであった。
「俺はどれも美味しいと思ったよ。リーズヘッグはどうかな?」
「美味い。ただ、このエリマの煮付けは塩気が足りぬ気がするな。これはまるで菓子のようだ」
「へえ。菓子を食べる習慣があるんだな。じゃあ、エリマの煮付けはいっそのこと、サフアに練り込んで菓子に仕上げてしまおうか。立派な石窯があるし、クッキーぐらいなら、すぐ出来るだろう」
「くっきー? 焼き菓子のことか。じゃあ、それで頼みたい。この朝食と同じ量で昼の日替わり軽食として売りに出す。30食は準備しておかねばなるまい」
「了解だよ。じゃあ今日もどうぞよろしくな」
リーズヘッグは朝食を全てたいらげてから、茶を飲み干して、立ち上がった。
昨日は飲んだくれていたリーズヘッグであるが、今日は酒を飲まないらしい。
そのへんも、いつか聞くことが出来たらいいなと思いつつ、俺も腰を上げたのだった。




