俺の料理を売るらしい
「夕食は遅い時間になるからな。茶と軽食を用意した。5時の鐘が鳴ったら店を開けるからな」
俺がリーズヘッグに上から下まで服を借りて着替えた後の事である。
靴も予備のサンダルに履き替えて、腕時計も外したら、準備完了だ。
ただ、数珠だけは身につける事を許された。
数珠は宝飾品の扱いになるそうで、身につけていて欲しいと願われた為だ。
そして、軽食である。
まずはお茶をごくごくと飲み干した。
おかわりのお茶は自分で注ぎ、人心地つく。
柑橘系の爽やかな香りのするお茶で、後味に苦みがある、美味しいお茶だった。
「ああ、喉が渇いていたからいっそう美味しいよ。今日の飲食代は、今日の稼ぎから引いておくれよ」
「わかった」
リーズヘッグはカウンターに立ち、俺を見つめている。
どうやら軽食の感想を待っているようだったので、俺はナンのような生地に包まれた軽食を手に取った。
丸く焼いた生地に、具材を乗せてクレープのように巻いたもの。
香りはさほどしないが、お味の方はいかがなものだろうか。
俺は期待感を胸に、薄い生地をかじり取った。
まずは強い塩気が舌を跳ね回り、じんわりと野菜の食感が感じ取れた。
それにしても、しょっぱい。
俺はお茶をまたごくごくと飲んで、リーズヘッグを見た。
「これは少し、塩気が強いように思うよ。リーズヘッグにとっては、これ位のほうが美味しいのかい?」
「いや。だけどな、この店の料理帳には、このように作れって書いてあるのさ。忌々しいが、他に作り方もわからん。仕方なしに、料理帳通りに作っているのさ」
「へえ。こんなに塩を入れなくても、野菜が他にも入っていることだし、美味しく出来そうなものだけどね」
「キョウスケ。お前、もしかして料理出来るのか?」
「俺は自分で食べる分なら、毎日作っていたよ。勿論素人の男料理だから、繊細さは皆無だけどな」
「ちょっと調理場に入って来い。作れるなら、何か作ってみせろ」
「了解。まず軽食を食べ終えるまで、ちょっと待っててくれよ」
俺は茶を飲みながら、塩気の強い軽食をたいらげる事になった。
いくらしょっぱかろうと、残すなんて出来るはずもない。
最後にもう一杯、お茶を頂いてから、食器を持って調理場に入った。
「食器はこの洗い場に置け。野菜はこの棚、肉は兎と牛の用意がある。塩漬けにしてあるが、こっちが兎、こっちが牛だ」
「ありがとう。拝見するね」
調理場は思っていたよりも広く、リーズヘッグと並んでも余裕がある。
電気や水道は、やはり通っていない。
かまどは全部で6つもあり、そのうちの2つは、鍋を細い火で温めていた。
俺は野菜を検分してみた。
見た目は故郷の野菜とあまり似ていないように思うけれど、根菜と葉物の違い位はわかる。
いくつかの根菜と葉物をまな板の上に置いて、まずは根菜の皮を剥く。
「リーズヘッグ、香味野菜といったら、どれかな?」
「そりゃあ、カペラだろうな。ほら、これだよ」
それは、茶色くて丸い形をした、ジャガイモのような見てくれの野菜であった。
皮を剥いてみると、タマネギにそっくりの見た目である。
まずはカペラを薄切りにして、他の根菜はいちょう切り、葉物は大きさを揃えてざく切りにした。
肉は兎を使ってみる。
「リーズヘッグ、胡椒ってあるかい?」
「ああ。これが黒胡椒だ。あと、塩がこれと、砂糖がこれ。果実酒がこれだ」
「ありがとう。かまどをひとつ借りるよ」
兎の肉は薄切りにして、黒胡椒をまぶしておく。
塩気は、塩漬けにされていた時の塩で十分だ。
片手鍋をひとつかまどに乗せて、さて、火の付け方がわからない。
「まさか、ラオの葉も知らないのか?」
「うん、初めて聞くよ」
リーズヘッグはラオの葉というものを取り出し、速やかに火をつけてくれた。
中火程度に火を調節し、リーズヘッグに油の所在を聞く。
「マオマオの油はこっち。ガシュの油はこっちだ」
「炒め物には、どっちが合うと思う?」
「俺はほとんどマオマオの油しか使った事がねぇが……ガシュの油は香りが良い」
「ふむ。じゃあ、実験というわけで、ガシュの油を使ってみよう」
十分に熱された片手鍋に、油を垂らす。
ふわりと香るのは、ゴマ油のような風味である。
そこに肉を並べて焼き、裏返したら野菜も入れる。
箸は見当たらなかったので、リーズヘッグに手渡された木製の木べらで攪拌する。
やがて火が通ったら、皿に盛り付けて、完成だ。
「お待たせ、リーズヘッグ。兎肉の野菜炒め、完成だ。俺も味見をして良いかい?」
「ああ。この木の匙を使うといい」
俺とリーズヘッグは同時に料理を口に運んだ。
まず、ゴマ油のようなガシュの油の風味が強く香り、兎肉の旨みが野菜の瑞々しさと共に舌に広がる。
選んだ根菜の片方は、カブのような味であり、もう一つはニンジンに似ている。
カペラはタマネギに似ており、葉物はキャベツにそっくりだ。
あえて言うなら、カブは煮物で使いたいな、と言うくらいで、とても美味しい野菜炒めだ。
「この、白い根菜は煮物で使いたいな。あと、キノコなんてあったら、十分じゃないかな」
「キノコなら乾物を水で戻したものがある。それを使え。もうすぐ店を開けるが、仕込みは間に合うか?」
「そりゃあ、野菜を切り分ける位ならすぐに済むけどさ。俺の料理を売ろうってのかい?」
「少なくとも、あの塩辛い軽食に負ける味ではなかろう。常連の客には味見をさせたいのでな。3人前程、仕上げておいて貰えるか」
「了解。俺は兎の肉って、あんまり食べたことがないんだけど、旨みたっぷりで美味しいんだな」
「うちの国は兎の肉に自信があるからな。よその国の兎よりは、美味なはずだ。飼料に秘密があるとされているが、公開はされていない」
「へえ。じゃあ、この国じゃあ、牛より兎の方が、人気があるのか?」
「ああ。牛も好まれているが、兎の方が人気は高い。さっきの塩辛い軽食にも、兎の肉が少しは使われているんだぞ」
「そうなのか。全然気付かなかったな」
「さて、5時の鐘が鳴ったな。客が来る前に、下準備を頼むぞ」
ゴーンゴーンと鳴り響く鐘を聞きながら、俺は野菜を掴み取り、下準備を始めたのだった。




