アイロスの過去
「茹でている間にマヨネーズを作る。器に卵黄、塩、ワリアの酢を入れ、もったりとするまで、泡立て器でよく混ぜ合わせる。次にマオマオの油を少しずつ加え、そのつどよく混ぜ合わせる。白っぽくクリーム状になったらでき上がりだ」
「マヨネーズ……というのか。酸味があって、美味い味付けだと思っていた」
「ありがとう。すり潰したフォンディとマヨネーズを和えたら、塩、胡椒をして混ぜ合わせ、マッシュ・フォンディは出来上がりだね」
「わかった」
俺は昼の仕込みをしながら、アイロスの手際を見守った。
フォンディの皮むきも、茹でるのも問題ない。
マヨネーズは分量を覚えるのに少し苦労したようだが、しばらくしたら、スムーズにこしらえる事が出来ていた。
後は和えるだけなので、問題ない。
味見をしてみたが、実に美味しいマッシュ・フォンディが出来上がっていた。
「次はエリマのクッキーだね。まず鉄鍋にエリマを皮ごと置いて、水を注ぐ。中火でゆっくり煮込んで、火が通ったら砂糖を加える。水の量は少なめで、これくらい。それでエリマが煮崩れたら、すりこぎで潰してサフアと混ぜる」
アイロスは俺の指示どおりに、的確に作業をこなしていった。
俺は仕込みを続けながら、アイロスを見守った。
「エリマを練り込んだサフアの生地に乳脂を混ぜ込み、薄く伸ばしてこの型で抜いていく。この丸い生地を鉄板に並べて、予熱をした石窯で半刻程焼く。時間はこの砂時計で計る」
「わかった」
「エリマを練り込む時に火傷しないように気を付けてね。後は量を作るだけだよ」
アイロスは頷いて、エリマの生地の型抜きを始めた。
鉄板に生地を置く間隔も適切だし、生地を練るのも堂に入っている。
俺は安心して仕込みの続きに没頭するのであった。
午前10時半、ダビとルルイエが出発していった。
仕込みもあとひと踏ん張りである。
アイロスはクッキーを焼きながら、フォンディをすりこぎで潰している。
マヨネーズの準備はあるようだし、心配はいらないようだ。
俺は最後の肉の切り分けを、余裕を持って終えることが出来た。
午前11時の鐘が鳴り響き、店が開店する。
お客が怒濤のごとく入ってきた。
「俺が汁物料理の取り分けと、付け合わせの盛り付けをしよう。料理長は、肉を焼いてくれ」
「了解。余裕があったら、サンドイッチに挟む作業も頼むよ。俺の手元を見ておいてくれ」
「わかった」
「1番から8番まで日替わり1つずつね!」
「1番テーブル、日替わり2つです!」
「あいよ!」
俺は肉を掴み取り、鉄鍋に投じ入れた。
兎の肉の脂が匂い立ち、良い香りが充満する。
アイロスは汁物料理を次々とカウンターに並べていく。
頃合いを見て、肉をひっくり返す。
そして塩、胡椒をして、火を通したら、まな板の上に乗せて、食べやすい大きさに切る。
イルマと乾酪をフランスパンに挟み、兎肉も挟み込む。
付け合わせの盛られた木皿にサンドイッチを乗せて、カウンターに並べていく。
「1番から6番、あがったよ!」
俺は油を敷き、再び肉を投じた。
注文は続々と入ってくる。
俺は2つの鉄鍋で肉を焼き始めた。
肉が焼けたら、まな板に乗せる。
すると、アイロスが食べやすい大きさに切ってくれた。
「イルマと乾酪の量はこれで良いですか?」
「うん。丁度良いよ。肉は一枚分、挟んでね」
「任せてくれ」
俺はサンドイッチの作成も託し、ひたすら肉を焼き続けた。
「7番と8番! 1番テーブルあがったよ!」
「はーい!」
「2番テーブルと、9番から12番あがったよ!」
「は、はい!」
「お次3番テーブル、4番テーブル、上がったよ!」
「はーいっ!」
調理場はフル稼働、アイロスも汁物料理を注ぎ、付け合わせを盛り付け、サンドイッチを作る。
俺は肉を焼き続けた。
やがて店内に料理が行き渡り、注文のペースが落ちる。
俺はほっとして、鉄鍋を一つに戻した。
「汁物料理は、この一杯でおしまいだ」
「じゃあ、後ろのこの鍋を火にかけて、温めてくれるかな? あと6つ分準備してあるからね」
「わかった」
アイロスは空の鍋を火傷しないように洗い場へ移動させ、新しい鍋を設置して、薪を追加した。
火は中火で温めているようで、問題ない。
アイロスは鍋を攪拌しつつ、新たな木皿に付け合わせを盛り付けた。
6皿ほど準備して、鍋が温まるのを待つ。
俺は注文の兎肉を焼き上げ、サンドイッチを作った。
やがて鍋も温まり、汁物料理を注ぎ始める。
「3番、6番、5番テーブルの4つ、上がったよ!」
「はーい!」
プリムがお盆で丁寧に運んでいく。
アイロスは、汁物料理の火を弱火にしてくれていた。
「さすが料理店で働いていただけあるね。すごく細かいことまで教えなくて済むから楽ちんだよ」
「ならば、3年勤めた甲斐があったな」
「どうして《幻想亭》を辞めて日雇いに?」
「俺は店主と折り合いが悪かった。俺より未熟な若造を料理長にするとある日言われてな。腹立たしくて食ってかかったら、クビにされた」
「うわぁ……それは気の毒だったねぇ」
「俺は口下手で、人付き合いも悪かった。興味があるのは、料理のことだけだったんでな」
そう言って、アイロスは薄く微笑んだ。




