新しい料理番
それからしばらく時間が過ぎて、午後2時半ごろに、ダビとルルイエが帰ってきた。
「今日もパスタは完売したぜ! 菓子が大好評で、売り切っちまったんだ! すげえだろ!」
「菓子だけ多めに買っていくお客が多いものね……今日も凄い勢いだったわ……」
「俺達はいつも通り皿洗いを手伝うからな!」
「いつもありがとう。どうぞよろしくね」
さて、まだまだ注文は山積みである。
俺は薪を追加して火元を調整しつつ、兎肉を焼き続けるのだった。
午後3時の鐘が鳴り、閉店の刻限である。
お客がどんどんはけていき、最後の一人も帰ったら、休憩時間だ。
俺は昼食の仕込みを開始して、リーズヘッグは金勘定、プリムとジュレは、店内の清掃、ダビとルルイエは皿洗いである。
「今日も凄い勢いだったねーっ! でもさ、結構お客を待たせちゃう事が多かったよね! 外でも待たせてるんだし、もうちょっと早く提供したいかなーっ!」
「そうだな。それは俺も感じていた。親父がおっ死ぬまでは、料理人も3人は居たはずだな」
「えーっ! じゃあじゃあ、料理人を募集しようよ! 良い人を雇えば良いんじゃない?」
「今の料理人はだいたいが、塩辛い料理を好んで売っとる。キョウスケの味を再現出来る料理人がそうそういるとも思えんな」
「うーん、キョウスケはどう思う?」
「そうだね。人を増やすのは賛成だよ。あとは……俺の味を美味しいと思ってくれる料理人がいいね。教えるのはどうとでもなると思うから、そこが大事だね」
「じゃあさ! とりあえず店の前に張り紙をしておこうよ! 料理人募集って書いて貼っとくの! うちの店に来る客なら、キョウスケの味が大好きでしょ!」
「うむ……人材屋を頼らんのは賛成だ。じゃあ、張り紙を作ってくる。面接には、キョウスケも同席するんじゃぞ」
リーズヘッグはそう言って2階へ上がっていった。
俺はあとは菓子を作り上げるだけである。
俺は新しい仲間の予感に、胸が沸き立つのを感じていた。
昼食の献立は、汁物料理がクリームシチュー、肉料理が牛肉のハンバーグである。
ハンバーグには醬油のごときユーカンのソースをかけており、あっさり風味の一品である。
それにフランスパンを添えて、完成だ。
「表に張り紙は出して来たぞ。さて、どんな人間が来るやらだ」
「うん。とても楽しみだね。じゃあ、昼食の準備も出来たよ。どうぞ召し上がれ」
皆で一斉に木匙を取り上げ、食べ始める。
クリームシチューも具材たっぷりで美味しいし、ハンバーグも肉汁が溢れ出てくる。
俺が満足しながら食事を進めていると、ダビが元気いっぱいに発言した。
「キョウスケの料理は本当に美味いよ。新しい料理人は、どんな奴が来るんだろうな?」
「すごく……楽しみね……。来月はわたし達もお客として来ましょうね……」
「おう! ここより美味い店は思い当たらねえもんなぁ」
ダビはあっけらかんとして笑っていたが、俺は凄く嬉しかった。
色んな店を知っているダビ達が、うちに通ってくれるというのだ。
俺は《竜の跳ね鳥亭》の料理番だ。
これからも、この店の客を増やしていこう。
俺はそう思うのだ。
「そろそろ、菓子を出すね。リーズヘッグとプリムは食べたことがあるけれど、新作だよ」
皆に木皿に入ったその菓子を配膳すると、プリムが声を上げた。
「これは、貴族の晩餐会で出していた菓子だねっ! 確か、ネレボロのゼリーだったよね!」
「うん。ネレボロの果汁をイラで固めたゼリーだよ。木匙ですくって食べておくれよ」
ネレボロとは、ピンクグレープフルーツのごとき果実である。
イラの粉はゼラチンのように固まる性質を持っており、実に美味しいゼリーが作れるのである。
ゼリー部分は砂糖とレィモンの果汁で味を調整しており、上面にはネレボロの果肉が乗っている。
「うん、相変わらず美味しいっ! 酒杯で作った方が綺麗なんだろうけど、これはこれで良いよねっ!」
「ぼ、僕も美味だと思います。こんな食べ物があるなんて、不思議ですね」
「うむ。美味い」
「すげー美味いよ。肉料理の後だからサッパリすんな!」
「とっても……美味しかったです……酸味と甘さが丁度良くって、食感も楽しいです……」
プリム、ジュレ、リーズヘッグ、ダビ、ルルイエの順に感想を述べてくれた。
俺も食べてみたが、文句のない美味しさだった。
和気あいあいと食後を過ごした後は、夜の仕込みである。
俺はハンバーグの作成と、クリームシチューの具材の切り分け、ゼリーの煮込み作業が待っていた。
ダビは野菜を刻み、ルルイエはイノッサを茹でている。
慌ただしく時間が過ぎて、午後4時半には、ダビとルルイエは出発していった。
俺はゼリーを煮込み、木皿に注いでいく。
それでなんとか、開店に間に合った。
午後5時の鐘が鳴り、開店の刻限である。
俺は心をこめて挨拶した。
「いらっしゃいませ! 《竜の跳ね鳥亭》へ、ようこそ!」
お客さんがなだれ込んできて、店内はあっという間に満席である。
プリムの注文の声が響き、俺はハンバーグを焼き上げる。
しばらくは、嵐のような忙しさであった。
今日も《竜の跳ね鳥亭》は満員御礼、渦巻く熱気が店内に充満していた。
午後8時の鐘が鳴ったあたりだろうか。
リーズヘッグが一人の男性を、調理場に連れてきた。
その男性は、強面のガッチリした体格であった。
黒色の髪に、金色の瞳。
いつもカウンターに座る常連客である。
俺は笑顔で挨拶した。
「ああ、常連のお客さんじゃないですか。もしかして、料理人なんですか?」
「南にある《幻想亭》で、3年働いていたそうだ。塩辛い料理しか知らぬようだが、お前の味を守ると言っとる。年は23歳、独身だそうだ」
「名は、アイロスという。俺は無口なタチで、会話が上手くない。それでも良ければ、雇って欲しい」
「了解したよ。俺はキョウスケ、35歳。ここの料理番だ。俺の味を守ってくれるなら、歓迎するよ。ちょっと無口なくらい、どうってことないさ。いつから働けるんだい?」
「今日から、働こう。……これでも料理人のはしくれだ。汁物料理を注ぐくらいは出来る」
「それじゃあ、お願いしようかな。じゃあ、手を清めて貰えるかい? そしたら、この木皿にこの鍋の中身を注いでおくれよ」
「了解した」
「リーズヘッグ、決めちゃったけど、良いよね?」
「じゃあ、表の張り紙は剥がしておくぞ。俺もアイロスを雇う事に異存はない」
リーズヘッグはそう言って調理場を出ていった。
アイロスは手を清めて、滑らかな手つきで鍋を攪拌し、中身を注いでいく。
途中で、ハンバーグの付け合わせの盛り付けを覚えたらしく、そちらも担当してくれた。
俺はひたすら、ハンバーグの焼き上げに専念することが出来た。
充実した時間があっという間に過ぎて、午後8時半、ダビとルルイエが帰還した。
「ただいまーっ! 今日も全部売り切ったぜ! あっ、知らねえおっさんがいる! 新しい料理人か?」
「うん。アイロスっていうんだよ。新しい仲間としてよろしくね」
「宜しく頼む」
「そっか。俺はダビ、こっちはルルイエ。俺達は露店を出してるんだ。宜しくな!」
「宜しく……お願いします……」
ダビとルルイエは、洗い物を手伝ってくれた。
俺とアイロスは、日替わりの作成で手一杯なのだ。
店内はプリムとジュレとリーズヘッグが受け持ち、宴もたけなわといった風情である。




