全部売り切った
別の鰻の身に、サフアをまぶし、乳脂でゆっくり焼き上げてみる。
軽く塩と黒胡椒を振り、両面を焼き上げたら、鰻のムニエルの完成だ。
俺は焼き上がったムニエルを味見してみた。
「少し固いような気もするけど……悪くないな。それか、蒸した後に焼いた方が柔らかいかもしれないな」
独りごちて、炙り焼きにした鰻の身を、蒸し器に並べていく。
そして蒸している間に、鰻のタレの作成だ。
鉄鍋に果実酒を注ぎ入れ、強火で熱する。
アルコールを飛ばした後、砂糖と醬油を加える。
弱火でかき混ぜながら一煮立ちしたら火を消す。
これで冷めたら、鰻のタレの完成だ。
鰻は、じっくり蒸し焼きにする。
俺は夜の仕込みを続けながら、鰻が蒸し上がるのを待ち受けた。
そして、とうとう蒸し上がった鰻の身に、タレをくぐらせて、また炙り焼きにする。
タレの香ばしい匂いが食欲をそそる。
仕上げに山椒のような香りの香草を粉にしたものを振りかけて、完成だ。
出来上がったパウロの蒲焼きを食べやすい大きさに切り、皿に乗せる。
「リーズヘッグ。パウロの料理が仕上がったよ。味見をお願いできるかな?」
リーズヘッグと共に突き匙でパウロの蒲焼きを食べ始める。
「なんと……とろけるような味わいだな。そしてこのタレが実に合っとる。骨も見当たらんようだし、こりゃあ美味だな」
「それがさ。このパウロだけじゃあ、食べ心地が軽すぎないか? これを出すなら、肉料理も半人前、付けた方が良いと思うんだ」
「なるほどな……。確かに食感は軽い。魚料理とはそういうもんだが、確かにうちに来る客はしっかりした肉を求めとるな」
「だろう? 味わいは文句ないから、明日の献立に組み込もう。パウロはたくさん、手に入るんだよね?」
「当然だ。明日の仕入れの際に買ってくる」
リーズヘッグは満足そうに微笑んでいた。
そして、ふと見るとプリムが目を輝かせてこっちを見ている。
「それ、新しい料理の試食でしょ? ぜひあたしも食べたいなっ! だって、とっても良い匂いなんだもん!」
「そうだね、皆の分をいま焼き上げるから、少し待ってね」
俺は新たにパウロの白焼きをタレにくぐらせて、炙り焼きにしていく。
そうしてプリム、ジュレ、ダビ、ルルイエにも味見をして貰った。
「これ、美味しいねっ! パウロは煮ても焼いても美味しくならないっていう印象があったけど、これは美味しいよ!」
プリムが明るい声で批評した。
「でも、これだけだと食感が軽くて、満足できないように思うんだ。パウロを出す日は、肉料理と半々で出そうと思うよ」
「うん、いいと思う! このパウロはとろけるような味わいで美味しいけど、これだけじゃ、満腹になれなそうだもんね!」
「ぼ、僕も美味だと思います。この味付けがとても合っていますね」
「俺も美味いと思うよ。肉料理と半々で食えるなら、文句もないだろーぜ」
「わたしも……美味しかったです……。パウロって、こんなに美味しい食べ物なんですね……」
皆の評判も良かったので、俺もほっとした。
あとは菓子の仕込みをして、準備は万端だ。
俺はヨーデルの焙煎をしながら、ひと息つくのだった。
その日の夜営業は、いつも通り慌ただしかった。
日替わりをひっきりなしに仕上げてカウンターに並べる。
「8番と4番テーブル、あがったよ!」
「は、はいっ!」
「お次は5番と10番、あがったよ!」
「はーいっ!」
ジュレは物覚えは悪くないようで、てきぱきと働いている。
わからないことは、すぐにプリムかリーズヘッグに尋ねている。
これなら1人前になる日も遠くないな、と俺は思うのだった。
やがて8時の鐘が鳴り響き、しばらくしてダビとルルイエが帰ってきた。
「聞いてくれよ、パスタも菓子も全部売り切ったんだ! パスタも勿論人気だけど、菓子だけ多く買っていくお客も多かったよ」
「そうなんだね。本当にお疲れ様。菓子も売り切るなんて凄い事だよ」
「ああ。まさか菓子まで売り切るとはな。たいしたもんじゃねえか」
リーズヘッグも満足げに頷いている。
「閉店するまでは、皿洗いを手伝うよ。この店もすげえ行列が出来てるぜ?」
「ありがたい。俺は皿を集めてくる」
「わたしは……お皿を……拭くね……」
プリムとジュレは店内を飛び回り、お客さんと相対している。
今日も大入り、客はどんどん増えているのに、まだ祝福祭は始まってもいないのだ。
祝福祭の始まる18日はどんな様相になるのか、想像もつかない。
俺はまず遠い未来より、今日を大事にする所存である。
注文の日替わりをこしらえて、カウンターに並べる。
今日も賑やかな店内は、楽しそうな喧噪に包まれていた。
午後9時の鐘が鳴り、閉店の刻限である。
お客が次々とはけていき、最後の一人も、店を出ていった。
店に鍵をかけて、ひと息つく。
プリムとジュレは店内の清掃、リーズヘッグは金勘定、ダビとルルイエは皿洗いだ。
俺は晩餐の仕込みを始めさせて頂いた。
晩餐の献立は、醬油のごときユーカンを使った兎肉のソテーに、付け合わせはニンジンのごときメイリグを甘く煮たものと、ジャガイモのごときフォンディを素揚げにして塩を振ったものだ。
汁物料理は夜の残りで、トマトのごときイノッサと赤唐辛子のごときチコの実を使ったピリ辛トマトスープ。
それに、フランスパンを輪切りにして添えたら、出来上がりだ。
「お待たせしたね。さぁ、食べようか」
皆で突き匙を取り上げて、食べ始める。
兎肉のソテーにかぶりつくと、兎肉の旨みとユーカンの風味が溢れる肉汁と共に、舌の上に広がる。
フランスパンを千切って口に放り入れながら、皆の様子を見てみた。
「今日も美味しいよ、キョウスケ!」
にこやかに声を上げてくれたプリムを筆頭に、みんな満足そうな面持ちだ。
「そ、そうだ……。東の国から入ってきたという、豆を発酵させて作った調味料というものを、実家で見たことがあります。それもしょっぱくて僕は口に合わないと思ってしまったのですが……適切な量なら、美味しいのかもしれません」
「へえ? ジュレの家でお披露目されたのかい? ユーカンも、多分豆を発酵させて作った調味料だよ」
「まだ珍しい調味料だということで、大々的に御披露目していました。色は茶色で、軟膏のような質感でした」
「そっか。すごく興味を惹かれるよ。リーズヘッグ、調味料屋で、探してきてくれるかい?」
「ああ、任せておけ。豆の発酵した調味料で、色は茶色、質感は軟膏のような食材だな」
「俺も一つ探して貰いたい調味料があるんだ。原材料は豆で、同じく発酵した調味料なんだ。色は赤くて、質感はとろっとしている位だね」
「赤いということは、辛いんだな」
「うん。でも、適量を使えば美味しく出来るはずさ」
「わかった。探してきてやろう」
自信ありげなリーズヘッグは、力強く頷いてくれたのだった。




