祝いの日の晩餐
「よぉ。邪魔するよ」
そう言って入ってきたのは、奥さん連れの常連客だった。
プリムがにこやかにテーブルに案内して、注文を受ける。
「2番テーブル、日替わりを2つねー?」
「あいよ!」
俺は綺麗に盛り付けて、カウンターに並べた。
「2番テーブルあがったよ!」
「あ、ジュレ。このお客さんは、あたしが運ぶね」
「は、はい。わかりました」
プリムが丁寧に運んでいき、お客さんに、にっこりと笑いかけた。
「お祝いの日を当店でお過ごし頂き、ありがとうございます。このお酒はサービスです。ごゆっくりどうぞ」
「あらあら、ありがとうございますね」
奥さんも、にっこり笑ってくれたようだ。
俺はほっとして、菓子の準備をしておいた。
注文はどんどん入る。
今日はビーフシチューを注ぐだけなので、いつもよりは待たせずに提供できていると思う。
そのかわり、リーズヘッグは皿洗いに奮起していた。
「今日は誕生日の方がいらっしゃるので、『陽が差し込む生まれ落ちた日』を歌わせて頂きまーす!」
そして始まった歌は、明るい節回しの、誕生日を祝う歌であった。
リクエストしたのは、俺である。
これ位のサービスは、しても良いだろう。
常連客の奥さんには、楽しい気分で帰って頂きたい。
俺は日替わりの注文をさばきながら、プリムの歌に聞き入るのだった。
それから時間が過ぎ去って、午後8時の鐘が鳴って少し経ってから、ダビとルルイエが帰ってきた。
「いやー、行列が途切れねえから、本気で焦ったぜ! 売り切れになっちまって、食えなかった客もいたよ。あと菓子が足らなくてさ。明日は400人前を焼こうと思う」
「あとは……肉料理を食べたがるお客さんもいたけど……無理ですって断ったの……。今から2人人手を用意して、肉料理を教える余裕も、ないでしょう……?」
「うむ。ジュレは新人だし、今年は無理だ。来年の参考にさせて貰うぞ」
「じゃあ、皿洗いを手伝うよ。なんか、外はすごい行列になってたよ」
「悪いな。よろしく頼む。一人は皿を洗って、一人がふいてくれ。じゃあ、俺は皿を集めてくる」
この《竜の跳ね鳥亭》において、突き匙の使用は全く問題なかった。
聞くところによると、庶民は木匙を使用するが、聖堂や学び舎で、突き匙を使う授業もあるそうだ。
馴染み深くはないが、一応見知っている、という位の存在だったようだ。
とにかく、ものを刺して食べるには最適である。
今日のビーフシチューも、木匙よりかは、突き匙のほうが、食べやすいだろう。
俺は突き匙の普及の必要性を強く感じているので、この結果にいたく感動したものである。
なにはともあれ、行列のお客さんには、全員店に入って貰って、閉店だ。
最後の注文を作り上げ、お客さんに配膳していく。
ジュレも賢明に頑張ってくれている。
俺は残り少ないビーフシチューをよそいながら、出て行くお客さんに声をかける。
「ありがとうございました!」
最後の一人が帰ったのを見送って、店に鍵を閉める。
「危なかった。もうビーフシチューが空になっちゃうよ」
「明日はもう10人前程多く作るべきだな。それにしても、ずっと行列がなくならんかったな」
「うん。結構長く並んだお客さんもいたね。でも、帰っていくお客はみんな満足そうだったよ。これなら、また来て貰えるんじゃない?」
プリムの明るい声に、ジュレもおずおずと微笑んだ。
そこに、リーズヘッグが声をかける。
「うむ。ジュレも疲れたろう。後は店内の清掃をしたら、晩餐だ。良く頑張っていたぞ」
「あ、ありがとうございます。まずは、清掃ですね。何からしましょうか?」
「まずは濡れ布巾で、テーブルを拭くんだ。こっちに来い。布巾はここにある。水でゆすいで、ぎゅっと絞る。やってみろ」
「は、はいっ!」
「もっと固く絞れ。うむ、水が垂れない位絞れば良い」
「は、はい。では、テーブルを拭きますね」
「テーブルを拭いたら、床の掃き掃除も教えるねっ!」
「はい。宜しくお願いします」
「あはは。あたしは同い年だから、普通に喋ってよ!」
「う、うん。わかった」
俺は急いで晩餐の支度をさせて頂いた。
残ったビーフシチューはジュレに食べさせるとして、牛肉のステーキを焼いていく。
やがて焼き上がったら、汁物料理を取り分けて、配膳していく。
最後にフランスパンを添えて、完成だ。
「それじゃあ、召し上がれ。ジュレだけビーフシチューなのは、ジュレだけ食べたことがないからだよ」
「は、はい。ありがとうございます」
皆で突き匙を手に取り、食べ始める。
今日のステーキも実に美味しい。
フランスパンを千切って口に放り入れると、不思議そうなジュレの瞳とぶつかった。
「あの……これはフランスパンと呼ばれていましたね? 千切って食べれば良いのですか?」
「ああ、説明不足だったね。これはサフアで作ったフランスパンという食べ物さ。サフア屋が大々的に売りだしてるんだけど……まだまだ広まってないようだね」
「僕の家が没落したのは、先月末のことになりますが……こんな食べ物は初めて見ます」
「フランスパン自体にはさして味はないから、食事の合間に食べると良いよ」
「ふむ……サフアの香ばしい香りがかぐわしいですね。歯ごたえがあって、これは美味しいです!」
「そうかい。ビーフシチューのお味は如何かな?」
「あの……とても美味でした。市井では塩辛い料理が流行っていると聞いていたので、余計に驚きました。僕の家にいた料理番より、美味しいと思います」
「お口に合ったようで、良かったよ。でも、町で塩辛い料理が流行っているというのも本当だからね。うちみたいな料理屋のほうが、珍しいかもしれないよ」
「なるほど。だから、あんなにお客さんが並んでいるのですね。そんな人気のある料理屋で働けて、僕は嬉しいです」
「うん。これからも頑張ろうね」
俺達は、ゆっくり料理を食べ終えて、菓子を食べ始めた。
「これは、サフア屋が売っているパイ生地を使った菓子だよ。これはケイルを使ったケイルパイだね」
「サクサクしてて、とても美味しいです。甘く煮たケイルと、この甘い香りがたまりませんね」
ジュレは菓子の味にも感動したようで、赤い瞳を輝かせていた。




