新たな従業員
「折り入って頼みがあって、参りやしたァ。どうか俺の話を聞いてやっておくんなさいよォ」
「あんたとは短からぬ付き合いだ。話ぐらいなら聞いてやらなくもない」
「お気持ち、ありがたく。おおい、入ってこいィ」
男が呼びかけると、小柄な少年が店に入ってきた。
無地のシャツに、灰色のズボン。
足元はサンダルで、特におかしなところはない。
強いて言うなら、金髪に赤色の瞳は珍しいかな、といったところである。
「は、初めましてっ! 僕はジュレ、18歳です。どうか僕を雇って下さいっ!」
ジュレと名乗った少年は深々と頭を下げた。
「こいつは、貴族の令息だったんでさァ。しかし、借金で首が回らなくなって、家は取り潰しになったんでさァ。両親は金を抱えてドロン。そんでこいつは、だだっ広い屋敷の中に置いて行かれたってわけでさァね」
「では、そいつは親の借金を抱えたってわけか」
「こちらも心苦しいところでさァ。両親は追っ手をかけているんで、そっちで金は回収する手筈なんですけどねェ。このジュレは、いいとこの坊っちゃんなせいで、働いたことがない上に、剣の腕もサッパリで、このままじゃ生きだおれちまうんでさァ」
「うちの給料では、利子を少し払う位しか出来んぞ。それはあんたも、わかっとるだろう」
「ええ、ええ。もっと過酷な場所に放り込んでも良いんですがねェ。それだと長生き出来ないでしょうし、ジュレもまともな場所で働きたいと願っているんでさァ。どうか俺の顔を立てて、こいつを使っちゃくれませんかィ? 自分の食う食費を稼げれば、文句は言いやせん」
「……ここの他にも、どこか当たったのか」
「ええ、ええ。そりゃあもォ。金を持って逃げそうだってんで、お断りされちまいましたがねェ。そんなわけで、ジュレは行き場がないんでさァ」
「うちは能力給で給料を決めとる。ジュレを雇っても良いが、一人前になるまでは、食費位しかだせんぞ。本当にそれで良いんだな?」
「ええ、ええ。ジュレがまっとうに生きていけるならば、これ以上ありがたい事はございやせん。このご恩は忘れませんよォ。ジュレ、じゃあ俺はここまでだ。後はお前が頑張るんだぞィ」
「今までありがとうございました。追い出されないように、賢明に励みます」
「お前の両親は草の根分けてでも探し出す。続報は、たまに教えに来てやるからさァ。まっとうに生きて、親を見返しておやりなさいよォ」
「はい!」
「では、皆さん、ありがとうございましたァ」
男はすうっと立って、からりと扉を開けて出て行った。
ジュレが涙目で手を振っていたのが、印象的だった。
「……さて、お前さんは住み込みで働けるんだよな?」
「はい。文字の読み書きと、計算は出来ます。ただ、こういった料理店に一人で来たのは初めてです。何をどうすればいいかもわかりません。今までは、ずっとメイドがいたもので……」
「差し当たっては、盆の持ち方から教えねばならんようだな。ところでお主、荷物はないのか?」
「はい。実は今着ているものさえ、借金取りの男性に貸し与えられたものなんです」
「まずは着替えを買ってこないといかんな。ちょっと、古着屋まで行ってくる。キョウスケ、仕込みは任せたぞ」
そう言って、リーズヘッグはジュレを連れて出て行った。
「いやぁ、びっくりしたね! でもジュレは悪い子じゃなさそうだったね!」
「はい……ジュレが健やかに生きていく事が出来るなら、素晴らしい事だと思います……」
「リーズヘッグに雇って貰えたんだ。悪いことにはならねえさ」
「そうだね。きっとジュレは、プリムと一緒で給仕だろうなぁ。最初は、手助けしてあげてくれよ」
「うん。バシバシ鍛えてあげるよっ!」
店の空気は悪くなっていないようである。
俺とダビとルルイエは仕込みを続け、プリムは店内の清掃を終わらせて皿洗いだ。
やがて4時半になり、ダビとルルイエは出発した。
今日も完売できるか、それは未知数である。
それはともかく、俺はプリムに伝えるべき事があった。
「プリム。ちょっと良いかい?」
「はーいっ! あたしに何かお話があるのかな?」
「うん。実は、リリアと付き合いはじめたんだ。プリムは仲間だし、伝えておいた方がいいと思ってね」
「へーえ。リリアがねぇ。じゃあじゃあ、次に逢い引きする日とか決まってる?」
「うん。次の次の休業日の予定だよ」
「あー、良かった。次の休業日は、皆で美味しい菓子を食べに行こうーって、約束してたからさ。それにしても、リリアは頑張ったねぇ。キョウスケは間違いなく争奪戦だろうけどさ。出会ったばっかりで、そんなに自己主張をするとは、思ってなかったよ。そっかぁ、リリアを幸せにしてあげてよ?」
「うん。凄く大事にするよ。幸せに出来るように、頑張るつもり。それにしても、俺が口説き落としたとは、思わないんだね?」
「キョウスケは、どっしり構えてる印象かな。でも、当たってるでしょ?」
「うん。凄く嬉しかったよ。俺もリリアに心惹かれてたからさ。付き合ってもらえて、すごく幸せだよ」
「そうなんだ? そっかぁ、なんか両思いって良いよね! あたしも応援するから、何か困ったことがあったら、相談してよ?」
「うん、ありがとう。プリムにそう言って貰えると、とても嬉しいよ」
「んじゃ、もうすぐ開店だねっ! 今夜も頑張ろーっ!」
午後5時の鐘が鳴る。
開店の時刻だ。
「いらっしゃいませ! 《竜の跳ね鳥亭》へ、ようこそ!」
並んでいたお客さんがなだれ込んでくる。
プリムは慌てずに一人ずつ注文を取っていた。
「日替わりを、1番から4番まで1つずつねっ! それと、1番テーブルと2番テーブルに日替わり4つずつ!」
「はいよっ! 1番から4番まであがったよ! お次は、1番テーブルの4つだ!」
「はーいっ!」
そうこうしているうちに、リーズヘッグとジュレが帰ってきた。
リーズヘッグは盆の持ち方から、日替わりの内容や料金、お酒の説明など、細々した事まで丁寧に説明していた。
伝票の書き方も丁寧に教えられ、ついにお店に出される。
「おおい、日替わりをひとつ頼むよ」
「は、はい。少々お待ちください」
そして俺の前にやってきて、注文を読み上げる。
「8番、日替わりを一つです!」
「はいよっ!」
「おい、こっちは酒を一本頼むよ。今日はなんだい?」
「ほ、本日は干しワズルで割っています。一本、すぐにお持ち致します」
調理場に入ってきたジュレが、盆に酒を乗せて運んでいく。
「ふむ。まずまずだな」
そう言うリーズヘッグは渋い声音だったが、満足そうな面持ちだった。




