露店販売、開始!
《竜の跳ね鳥亭》における、突き匙の導入は、滞りなく行われた。
休日明けに、リーズヘッグが件の食器屋で買ってきてくれたのである。
それと、いよいよ今週に迫った祝福祭に露店を出す計画なのであるが、突き匙を借りれるのか。
そこのあたりは、店に立ち寄ったダビとルルイエが、貸し出し屋に確認してくれた。
突き匙は250本で青銅貨5枚。
慣れ親しんだ木匙で食べる人もいるから、一人につき木匙と突き匙を1本ずつ出す予定だ。
11月30日の夜には、食器も木匙も突き匙も借りてきて、洗って倉庫にしまわれた。
勿論、洗ってくれたのはダビとルルイエである。
二人は露店を出す準備の為に、財宝漁りを早めに終わらせて引き上げてきてくれたのである。
俺は夜営業の真っ只中であったので、あまり手伝う事は出来なかったが、過不足なく準備は完了したようだった。
明けて12月1日──早朝から、ダビは元気いっぱいだった。
「おはようっす。ミートソースの仕込み、始めるぜーっ?」
「おはよう。こちらこそ、宜しくお願いするよ。鍋はこれを使ってね。野菜はそこに纏めておいたよ」
「あざーっす! ルルイエはイノッサを茹でてくれよ」
「うん……わかった……」
ルルイエは今日もおどおどとしていて、気弱な様子だ。
俺は両替した青銅貨の袋を、そっとルルイエに差し出した。
「これ、お釣り用の青銅貨だよ。パスタは青銅貨3枚だから、割銭は入れてないからね」
「わかりました……お預かりします……」
ルルイエは袋を受け取り、腰の鞄にしまった。
俺も昼の仕込みを始めて、没頭する。
そして午前10時の鐘が鳴る頃に、ダビとルルイエは出発していった。
開店は午前11時の予定であるが、露店の貸し出しや、薪の準備などもあるので、早めに出発していった。
午前11時の鐘が鳴り、《竜の跳ね鳥亭》が開店する。
なんと並んで待っていてくれたお客さんが多数おり、あっという間に店内は満員だ。
今日はトマトのごときイノッサと、赤唐辛子のごときチコの実を使った、ピリ辛のソースで仕上げた兎肉のソテーのサンドイッチである。
付け合わせは、マッシュ・ポテトのごときマッシュ・フォンディと、カボチャのごときエリマを煮込んだものを練り込んだクッキーだ。
「ああ、美味い! 朝から並んだ甲斐があるぜ!」
「そういやぁ、この店も露店を出すって言ってたよな? 今日から出してるのか?」
リーズヘッグが顔を出して、お客さんに相対する。
「ああ、今日から出しとる。今日はミートソースのパスタだな」
「パスタ? そりゃあ美味いのか?」
「ああ、美味いぞ。3種類の味を日替わりで出すからな。いつか食ってみてくれ」
お客さんは興味深そうに聞いていた。
そしてしばらく経って、常連のお客さんの一人がカウンターに座った。
「露店街を見てきたぜ! 《竜の跳ね鳥亭》の露店は、すげえ長い行列が出来てたよ。看板にはパスタって書いてあった。興味深かったが、今日はこっちに来てみたんだ。明日は露店で食ってみるよ」
俺は兎肉のソテーを仕上げながら、興味深く聞いていた。
そして、別のお客さんも話に乗ってくる。
「パスタなら、サフア屋が最近売り出した料理のはずだ。ただ、食いづれえのが難点だって、食った奴は言ってたな。後はな、新作のパイがすげえのよ。3種類味を選べて、兎肉と、カレーと、果物があるんだ。女房に果物のパイを買っていってやったら、大喜びでなぁ」
「俺も知ってるぜ! サクサクした食いもんだって話だな。俺は食ったことがねえんだが、そんなに美味いものなのかい?」
「おおよ。並ぶ甲斐はある味だったぜ。1個青銅貨1枚だから、安くもねえけど、高くもねえだろ」
「へええ。リーズヘッグ! この店でパイって出してたかよ?」
「うちは菓子で何度かパイを出しとるな。ただ、出すのは夜になる」
「そりゃあいい。出来れば明日の夜にお願いできないかい? 嫁の誕生日なんだ」
「良いぞ。明日の夜に、パイの菓子を出そう。キョウスケ、良いな?」
「うん、了解だよ。ケイルパイにしようと思うけど、奥さんケイルは大丈夫かい?」
「おお、ケイルは大好物だよ。じゃあ、明日の夜にまた来るから、とびっきりの晩餐を頼むぜ?」
「おう、任せておけ。良い祝いの日になると良いな」
「あはは。嫁にもたまにはいい目を見て欲しいからな。んじゃあ、これお代ね」
調理場に入ってきたリーズヘッグが、俺にそっと耳打ちする。
「この国では誕生日を祝う風習がある。祝いの日の晩餐に選ばれるのは、料理屋にとって栄誉だ」
「そうなんだね。じゃあ、明日の肉料理はビーフシチューにしよう。とっておきの晩餐で喜ばせてあげたいね」
「うむ。宜しく頼む」
それからも行列は短くならず、店内は満席だ。
俺はひっきりなしにソテーを仕上げて、気づけば午後2時の鐘が鳴っていた。
それからしばらくして、ひょっこりと顔を出したのは、ルルイエだった。
「あれ? ルルイエ、何かあったの?」
「それが……料理を売り切ってしまったんです。200食、完売しました……」
「そりゃあ凄いじゃないか。こんなに早く売り切れるなんて、想像していなかったよ。ところで、ダビはどうしたんだい?」
「ダビは……野菜を買いに行きました……」
「明日のぶんかい? そりゃあ、ありがたいけど……」
「いえ、急いで仕込めば午後5時の鐘が鳴る前にまた売り始められるって……実は、夜も売って欲しいっていうお客さんが多数いたんです……それでダビは夜も露店を開くつもりでいるんです……許可をくれますか、リーズヘッグ……」
「苦労をするのはお前さん達だ。こっちはありがたくて涙が出るわい。確かに祝福祭の間は露店も夜まで開く奴が多い。そこまで頭が回らずに悪かったな」
「いいえ……ものすごく行列が出来ちゃって……凄く驚きました……このお店は本当に人気があるんですね……」
俺は手が離せないので、ルルイエの相手はリーズヘッグにお願いした。
店内は満席なのだ。
飛ぶようにプリムが店内を行き来して、空いた皿を下げる。
テーブルを清掃して、客を招き入れる。
その繰り返しだ。
「ありがとうございました! またお越し下さい!」
俺は常連さんの笑顔を見ながら、兎肉のソテーを焼き続けるのだった。




