覚悟してなさい!
「じゃあ、何から話そうか。とは言っても、仕事と料理以外じゃあ、特に話せる事もないんだけどね」
「兄弟は、いるの?」
「弟が一人いるよ。もう結婚して、子供もいる。実家で暮らしているよ」
「キョウスケは、結婚していた?」
「いやいや、俺みたいな朴念仁じゃあ、相手がいなくてね。俺はずっと独身だよ」
「そう。不思議。料理の上手い男性は、競争率が高いのが、普通。恋人は、いたでしょ?」
「うん、まあね。でも、すぐに振られちゃったんだ」
「なんで?」
「自分より俺の方が料理が上手いことが、気に触ったようなんだ。俺の料理も喜んで貰えなかったし……しょうがないよね」
リリアは目を見開いて、ぐっと身を寄せてきた。
「キョウスケの料理を嫌がるなんて、おかしい。自分よりキョウスケの方が料理が上手いなんて、良いことだらけだよね? わたしには、その女性の気持ちがわからない」
「俺も彼女の気持ちがわからなかったよ。こればっかりは仕方ないさ。合わなかったんだと、思うしかないだろうね」
「むむ……。恋人は、もっといた?」
「いや、その一人だけだよ。俺は料理が好きだったからさ。いつか手料理を喜んでくれる彼女が欲しいと思っていたけど、気付けば35歳になっていたよ」
リリアは興味津々のようで、目を輝かせて聞き入ってる。
「キョウスケは、魅力的。わたし、あなたが気になるわ。わたしみたいな小娘じゃあ、魅力が足りないかもしれないけど、覚悟してなさい!」
「えっと……俺はどう覚悟すれば良いんだろう?」
「わたしは来歴も訳ありだし、18歳の小娘だわ。でもね、あなたの料理が大好きなの。あなたを狙う女性はこれからもっと増えるでしょうね。でも、わたしは勝ち抜いて見せるわ!」
俺はうっかり涙をこぼしそうになってしまった。
リリアが──俺にアピールをしてくれているのである。
「俺に好意を持っている女性に、心当たりは、ないなぁ」
「わたしがいるじゃない。きっと、探せば他にもいるわ。だけど、負けない。キョウスケは、安心してわたしに惚れて頂戴。ね? 食の好みも合うみたいだし、きっと私達、うまくいくわ!」
頬を火照らせて、そう言いつのるリリアは可憐であり、大変魅力的であった。
俺は勇気を振り絞り、声が裏返らないように注意して、言葉を紡いだ。
「俺はね、実はずっとリリアに心惹かれていたんだ。良かったら、俺と付き合って下さい」
「嬉しい……っ! キョウスケ、これからずーっと、離さないからね!」
ぎゅっと抱きつかれて、俺もリリアを抱きしめる。
リリアの小柄な身体を抱きしめながら、俺は心からの幸福に身を浸すのだった。
それから日が落ちるまで、俺達はとりとめのない会話を延々と続けた。
リリアに兄弟はいないとか、俺の実家の家に柿の木があったとか、そんな話だ。
そして嬉しいことに、リリアは俺が初めての彼氏であるそうだ。
身を寄せ合い、ぽつりぽつりと会話をしているだけで、最高に幸せだ。
リリアは俺の気を引こうとしているのか、裁縫が得意だとか、蛇の魔物と戦うのが得意だとか、得意な事を羅列してくる。
そのかわり、料理は下手だとか、犬の魔物は苦手だとか、苦手な事も教えてくれる。
俺は心が温かくなるのを感じながら、ゆっくりと会話を続けた。
「ここが、《ゲネローペ》よ。この店はわたしも初めてよ」
「ありがとう。じゃあ、入ろうか」
店の大きさは、《竜の跳ね鳥亭》と変わりない。
奥のテーブルに通され、献立表を見ると、そこには日替わりと書かれていた。
「すいません。カレーはこの店で出していますか?」
「ええ。日替わりの汁物料理ですよぉ。このカレーはうちでたいそうな人気なんですよぉ」
「じゃあ、日替わりを2つお願いします」
給仕が下がると、リリアが瞳を輝かせた。
「どんなカレーなんだろうね? すっごく楽しみ!」
「うん。俺もすごく楽しみだよ」
お茶が届いたので、お茶を飲んで喉を潤す。
これはうちと同じワナの茶である。
「そういえば、リリアって苦手な食べ物はあるの?」
「ヨーネの黒焼き、苦手」
「ヨーネって、何?」
「ヨーネは、爬虫類の一種。小さくて湿地帯でよく見かける」
なるほど、ヤモリの黒焼きみたいなもんかな。
それは俺も苦手かもしれない。
「キョウスケは? 苦手な食べ物、ある?」
「俺もヨーネの黒焼きは苦手だと思う。あとは特に思い当たらないけど……この国に来てまだ日が浅いからな。何か食べれないものがあるかもしれないな」
この国にはリューカという鶏に似た鳥はいるようだけど、豚はいないと聞いている。
他にも4本足の動物はいるようだが、食用ではないらしい。
「食材はこの国、結構豊富よ。東のラムダ共和国とも、隣国サバラン王国とも、国交が盛んだからね。でも、料理はこの国が一番よ」
「へえ。東の国の方が、リリアにとっては口に合うんじゃないかい?」
「辛ければ良いというものではないわ。それに……この国には、キョウスケがいるから」
「それはありがとう。リリアには、俺の色んな料理を食べて欲しいよ」
ぽっと頬を染めたリリアが、そっぽを向く。
「……そのうちね」
「う、うん。楽しみにしてるよ」
そこに給仕がやってきて、料理を配膳した。
「食後の菓子もありますよ。食べ終わったら、教えて下さい」
肉料理は、兎肉の炒め物のようだった。
俺達は木匙を取り上げ、食べ始める。
それは俺の知らない調味料を使っているようだった。




