タペとの出会い
《鯨空亭》を出て、あてもなく歩いていた時のことである。
ちなみに、《鯨空亭》でのお会計は、割り勘である。
なかなか格好良く奢るのは難しいものだ。
「まだ食べれるなら、菓子でも食べる? お茶を飲んで、一休みしましょう」
「うん。お店はどこかわかる?」
「ええ。仲間内で人気の高いお店なの。《セナの腕》っていうお店よ」
休日の昼下がり、気になる女の子と一緒に歩いている。
俺はとても幸せであった。
とりとめない雑談も、至高のひとときである。
そして15分ばかり歩いたら、《セナの腕》に到着である。
そこは、こじんまりしたお店であった。
店内に入ると、老女が席に案内してくれる。
テーブル席に座った俺達は、献立表を眺める事になった。
「うーん……献立は変わりないみたい。わたしのおすすめで良い?」
「うん。すごく楽しみだよ」
「すいませーん! リーネのお茶とタペデッシュを2つずつお願いします」
「かしこまりました」
すぐにお茶が運ばれてきて、喉を潤す。
すると、リリアが目を輝かせて、俺を見つめてきた。
「キョウスケの故郷の話、もっと聞きたい。何か話して」
「そうだなあ。俺は仕事人間だったから、料理の他に趣味もなかったんだ。同僚なんかは、旅行が大好きで、しょっちゅう色んな所へ行ってたけど、俺はそういうのとは無縁なんだ」
「旅行って、旅のこと?」
「そうだね。3日くらいで帰ってこれる距離の場所に、旅しに行くんだ。あったかいお湯の湧き出る温泉なんていうのもあって、話に聞く分には、すごく楽しそうだったよ」
「へえ。あたたかいお湯っていうことは、お風呂?」
「そうだよ。肩までじっくり浸かって、疲れを取るんだ。その為に旅をする人もいるよ」
「わたしは3つの国を回ったけれど、そのオンセンっていうものは見当たらなかった。キョウスケ……残念?」
「いや。教えて貰えたから、無闇に期待せずに済むよ」
そこで、料理が届いた。
木皿に、一口大に切られた果物がたくさん入っている。
横に黒い豆のペーストのようなものが乗っており、上から褐色の汁がかけられている。
俺は大いなる期待を持って、木匙を取り上げた。
褐色の汁をすくって、舐めてみる。
すると芳醇な甘さが舌の上に広がった。
これは蜂蜜のような蜜であったのだ。
次は、黒い豆のペーストである。
口に入れた途端、懐かしい風味が鼻に抜けていく。
これは小豆のような豆のペーストに、少量の砂糖を加えたものらしい。
俺だったらもっと砂糖を入れるだろうな、と思う位で、美味しい餡子だ。
このタペデッシュという菓子は、あんみつのごとき菓子であったのだ。
リリアを見ると、幸せそうにぱくついている。
「とても美味しい菓子だね。この黒い豆は、何て言う豆なのかな?」
「これは、タペだよ。私の家でも、少し作ってた」
「へえ。俺の故郷にも、似た感じの豆があったよ」
俺は嬉しくなって、タペをすくって、口に運んだ。
その後は、果実も少しずつ食べていき、やがて完食した。
お茶を飲みつつ、リリアにお伺いを立てる。
「この後は、どうしようか?」
「この先に広場がある。そこでお話ししよう」
「了解。若い子が遊ぶ場所なんていうのも、あるのかな?」
「遊ぶなら、遊技場がある。でも、人が多くてうるさいから、話には向かない」
「そっか。じゃあ、広場にしよう。リリアと会話するのは楽しいから、きっとあっという間に時間が過ぎるぞ」
「……本当に、楽しい? わたしみたいな面倒な来歴の女の子とじゃ、楽しめないんじゃない?」
「なんでだよ。俺は毅然と前を向くリリアが気に入ってるんだ。リリアの過去もひっくるめて、とても魅力的だよ」
「……うん。ありがとう」
ちょっと照れた顔のリリアは、本当に可愛かった。
その後は店を出て、広場まで歩く。
途中の店先に、木彫りの像が売っていた。
どうやら美しい女性のようである。
「この像はなんだい?」
「これは女神アウローシアの像よ。信心深い人なら家に飾って祈りを捧げるの」
「そっか。俺もこの国に来て、女神アウローシアを信仰しているつもりだけど、そこまでではないな」
「あっちの店も覗いてみましょう。確か料理関係の店だったわ」
そこの店は、小さいながらも品揃えの豊富な食器屋だった。
俺はそこで、突き匙──つまり、フォークを発見した。
サフア屋や、貴族の舘でしか見なかった突き匙が売られている。
今までは何でも木匙で食べていたが、パスタは特に突き匙が必要なんじゃないだろうか。
《竜の跳ね鳥亭》に、これは必要なものだ。
「すみません、突き匙の在庫はどれ位ありますか?」
「そうですねぇ、150本程度ならありますよぉ」
「わかりました。ありがとうございます。店主と相談させて頂きます」
俺はリリアと店を出て、広場に向かった。
広場には、5分程で到着した。
「ここが、ジャンヌェ広場よ」
そこには噴水があり、老若男女が思い思いに過ごしていた。
俺はベンチのような椅子を見つけて、リリアに声をかけた。
「ここ、座れるみたいだ。座ろうか?」
リリアは頷いて、そっと腰を下ろした。
俺も隣に腰を下ろし、リリアを見た。




