《鯨空亭》のカレー
「……いつもの格好で出ようと思ってたら、仲間に着替えさせられたの。こんな服、あんまり着たことがないの。……本当に、変じゃない?」
「変じゃない。すごく似合ってるよ。こんな可愛い女の子と食事に行けるなんて光栄さ」
「そう。なら、いい。まずは《鯨空亭》でしょ? まずは左に進みましょう」
「了解。ところで俺は35歳なんだけど、リリアは何歳なんだい?」
「わたしは、18歳よ。財宝漁りは、15歳のときからね」
「込み入ったことを聞くようだけれど、故郷を出て財宝漁りをしているのかい?」
「ええ、そうよ。私の実家はこの国の農家だったわ。貧しいながらに幸せな暮らしだった。でも、父親はそう思わなかったみたい。ある程度のお金が貯まったら、博打と酒にうつつを抜かすようになったのよ」
リリアと連れ立って歩きながら、リリアの話を聞く。
俺は頷いて、話の続きを促した。
「あっという間に借金がふくれあがって、母は借金のカタに売られたわ。それが田舎貴族のクワノブ子爵の家だったの。簡単に言うと、わたしは母を救い出したいの。それに必要なのが、財宝漁りで手に入る、虹色の羽という飾り物なのよ」
「それじゃあ、お父さんはどうしているんだい?」
「おとなしく畑を耕していれば、生きてるんじゃないかしら。わたしは父を恨んでいるの。どこかで野垂れ死んでくれていた方が嬉しいわ」
そう言いながら、リリアはとても悲しそうなお顔である。
「うん、わかった。詳しく教えてくれてありがとう。どうして財宝漁りなんてしてるんだろうって、思ってたからさ。これで納得いったよ」
リリアは俺を見つめて、微笑んだ。
「だいたいの人は財宝漁りなんてせずに生きていくものね。仲間はみんな事情があって財宝漁りをしているの。わたしは胸を張って生きていたいわ。財宝漁りは蔑まれやすいけど、わたしは誇りを持ってダンジョンに潜っているわ」
「財宝漁りって蔑まれやすいのかい? そんな印象はなかったんだけど……」
「財宝漁りは国に税を払っていない旅人が主だからね。フードかぶっているのは、そのせいよ。あなたは異国から来たのよね」
「ああ、うん。まずはじめから説明するけど──」
俺は、祖父の葬式に行った事。
その時に、気付けばこの町の墓地にいた事。
リーズヘッグに拾われて、料理を売ることになった事を説明した。
「ここが、《鯨空亭》よ。あなたの話も興味深いけど、まずは入りましょう」
そこは、青い屋根の立派な料理屋であった。
店にやって来た料理番、ペンネは、料理長だと言っていた。
どんな料理が待っているか、楽しみだ。
俺はリリアと共に、《鯨空亭》に入った。
「いらっしゃいませぇ」
給仕の女性の案内で、奥のテーブルに座る。
店内は明るく綺麗で、清潔感に溢れている。
俺が店内を見回していると、リリアが献立表のようなものを手に取った。
「確か、カレーだったかしら? 確かに載っているわね。カレーと、何を頼む?」
「それじゃあ、肉料理を適当に頼んでくれないかな。こっちの文字は不勉強で読めないんだ」
「わかったわ。すいませーん!」
「はい。ご注文ですかぁ?」
「ええ。兎肉の香味焼きとカレーを2人前ずつお願いするわ」
「かしこまりましたぁ」
給仕の女性が去った後、リリアは俺のことをじっと見つめてきた。
「あなたは……不思議。故郷で、どんな風に暮らしていたの?」
「そうだなぁ。俺も実家は出てるんだよ。大学……学び舎が、都会にあってね。それで実家から出て、一人暮らしをしてた。その後就職してからは、地道に仕事をしていたよ。休日に凝った料理を作って食べるのが唯一の楽しみだったね」
「へえ……。料理を仕事にしなかったの?」
「そうだね。俺は料理で金を稼ぐことが考えられなかったんだ。金勘定に厳しくないと、自分の店なんて持てないからさ。俺は楽しく料理を作って食べれれば、満足だったよ。今は、リーズヘッグに随分助けられているよ」
「ふうん。故郷でも料理屋をやれば良かったのにね。わたし、あなたの料理が好きだわ」
「ありがとう。心から、嬉しいよ」
そこで、料理が届いたので、そちらに注視する。
カレーの色味は、俺の作るものと変わりない。
しかし兎の香味焼きは、はっきりと赤かった。
これは、赤唐辛子のごときチコの実であろう。
俺とリリアは木匙を取り上げ、食べ始めた。
俺は香味焼きから食べてみた。
予想を裏切らない辛さが舌を刺し、ふくよかな旨みが舌の上に広がる。
チコの実以外にも、香草を使っている。
俺がカレーに使っている香草も使われていることだろう。
お次は、カレーだ。
木匙ですくって、スープの味を見る。
はっきりとした辛さだ。
辛口に相当するお味である。
しかし、具材がたくさん入っているので、少しは舌を休ませる事が出来る。
基本の3種以外には、ホウレンソウのごときテーペと、ブロッコリーのごときセルルが入っていた。
「結構辛いけど、お味はどうだい?」
そう言ってリリアを見てみると、紫色の瞳を輝かせながら、香味焼きを頬張っていた。
ゆっくり咀嚼した後、こくりと飲み下す。
「美味しい」
「そっか。辛いものは、得意なの?」
「うん。仲間内で辛いものが得意なのは、わたしとプリムだけ。ここまで辛いのは、なかなか食べられない」
「そっか。俺も美味しく頂いているよ。特にカレーが美味しいね」
「うん。カレーは至高。色んなカレーを食べてみたい」
「そっか。夜にもう一軒、カレーを食べるつもりだけど……来週とか、うちの店の休業日にでも、空いてるなら一緒にカレーを食べに行かないかい?」
「来週は、駄目。仲間と菓子の美味しいお店に行く約束をしているの。再来週でも、良い?」
「もちろんさ。じゃあ、再来週もカレーの食べ比べをしに行こう。俺は《弁天亭》と、《ロッカミレイ》に行きたいな」
「《ロッカミレイ》は、辛い料理を出す店。そこもカレーを売っているの?」
「うん。両方のお店でカレーを売っているはずだね」
「すごく、楽しみ。ありがとう、キョウスケ」
リリアの笑顔は、最高に可愛かった。
俺は勇気を出した為、妙にリリアを意識してしまっていた。




