カトリーヌからの伝言
「満足そうな顔だな、キョウスケ! 俺も全部食ったが、実に美味かった! 市井では塩辛い味が流行してると聞いていたが、こりゃあ馬鹿に出来ねえな」
「うん。塩辛い味わいが主流だと思う。でも、サフア屋とか、美味しい料理を作る所もあると思うよ」
「サフア屋か。うちもパスタを買うようになるだろうぜ。エリカ様がこんなに美味い料理に手を出さねえはずがないからな」
「そっか。俺の料理が口に合ったようで良かったよ」
「そろそろ晩餐会もお開きだろうから、着替えておけよ。控え室は、こっちだ」
「ありがとう。お世話になります」
そうして控え室に入り、俺はいつもの服に着替えさせて頂いた。
数珠も装着して、準備万端だ。
控え室の前に待っていてくれたウラハの所に、小姓がやってきた。
「キョウスケ様、お連れ様がお待ちです。僕がご案内致します」
「わかりました。ウラハ料理長、今日はありがとうございました」
「ガハハハ! また来いよ! じゃあな!」
ウラハに別れを告げて、小姓に連れられて、この宮殿を出る。
庭に人影はなく、静かなものであった。
正面玄関前に止まっていたエミューの車に、俺も乗り込む。
リーズヘッグとプリムが、笑顔で出迎えてくれた。
「エリカ様が、他の人が帰る前にって、手配してくれたの! 今なら混まずに帰れるからね!」
「お前さんは大役を果たしたな。飯はちゃんと食えたか?」
「うん、なんとかね」
エミューの車が走り出す。
俺は安心して、笑顔を二人に向けた。
「俺の料理はおおむね好評だったように思うよ。試作品は既に食べて貰ってたけど、二人はどうだった?」
「美味に決まっておろう。最後の菓子は、おかわりしたい位だったな」
「ネレボロのゼリー、美味しかったもんねーっ! あたしはねぇ、汁物料理がお気に入りかな! ねえねえ、香草の料理はなんで出さなかったの?」
「え? そうだなぁ。他の料理と合わないと思ったんだよね。それが理由だよ」
俺もカレーは是非にたくさんの人に食べて貰いたい料理である。
明日の夜にでも、店で出そう。
俺はそう思っていた。
「あたしはまた、あの香草の料理が食べたいなーって思ったの。きっと人気が出るからさ、お店で出してみようよ!」
「うん。明日の夜に、出してみようか。お客さんの反応が楽しみだね」
リーズヘッグは仏頂面であるが、反対ではないらしい。
俺達は家に着くまで、ささやかな雑談を楽しんだのだった。
翌日のことである。
早朝、100本のフランスパンを届けに来た少年が、カトリーヌからの伝言を携えてきた。
昨夜の客が、早速サフア屋に問い合わせたようなのだ。
曰く、あのパリパリした生地はどうやって作るのか、という事らしい。
ミートパイを気に入って頂けたのは良かったが、さすがカトリーヌの対応は早かった。
なんと、本日ホルエン料理長がこの店に来るらしい。
この間の休日に、しっかり教えなかった俺が悪い。
俺は朝食を作りながら、生地の準備をした。
ホルエン料理長がエミューの車に乗ってやってきたのは、朝食が済んだ後の事であった。
「よう、キョウスケ。今日は世話になるぜ」
「ようこそ、ホルエン料理長。俺の気が利かないばかりに、お手数をおかけします」
「いいってことよ。まずは手を清めさせて貰うぜ。へえ、中々広い調理場じゃないか」
大人の男が4人入れる位には、広い調理場なのである。
俺はまずサフアと乳脂を準備していると、リーズヘッグが声をかけた。
「俺は店内の清掃を始めさせて貰うぞ」
「ああ、リーズヘッグ。これを、カトリーヌ様から預かってきた。料理帳を教わる対価だそうだ」
それは、大量の銀貨であった。
リーズヘッグは丁寧に銀貨を数えていく。
「銀貨30枚か。了承した。あとはキョウスケ、頼んだぞ」
「ああ。では、乳脂を細かく切って、サフアと混ぜていきます。ざっくり切るように混ぜて下さい」
「了解した。これを混ぜるんだな」
俺はホルエン料理長を見つつ、昼の仕込みを始めた。
ホルエン料理長は昼までいられるそうなので、じっくり教えられる。
塩水を加えてよくこねて、一つにまとめる。
そして2時間ほど濡れ布巾に包んで生地を寝かせる。
その間に、ミートパイの肉の準備だ。
ホルエン料理長はさすがの手際で、牛肉をミンチにしていた。
肉のタネが出来上がったら、寝かせておいた生地を取り出して打ち粉をし、めん棒で伸ばしていく。
三つ折りにしたら角度を変えて、また三つ折りにする。
それを5回程繰り返して、生地は完成だ。
パイ型に生地を乗せて、肉のタネを入れ、パイ生地で蓋をする。
仕上げに卵液を塗って、後は焼き上げるだけだ。
「晩餐会で作ったのはこの形だけど、小売りにするには、こんな形はどうかな」
俺は生地を四角く切り、肉のタネを乗せて、また生地で蓋をした。
これも同じように卵液を塗り、石窯へ入れて焼き上げる。
「ふむ……なるほどな。中身を入れ替えれば、色んな味を楽しめるし、四角く焼き上げれば、成形も販売もやりやすいな」
「だろう? 果実のジャムを作って、パイ生地で包んで焼いたら美味しい菓子になるよ」
「むむ……パイ生地を売りに出す事も考えた方がよさそうだ。……それと、その香草の山は何なのだ? 香りが気になってたまらん」
「これは、カレーの元を作っているんだ。ああそうだ、これもサフア屋に外注出来るか、聞いておきたかったんだ」
俺は取り分けておいた香草を、乳脂とサフアで炒め始めた。
やがてカレー粉の塊が出来上がり、良い香りが匂い立った。




