料理が好き
茶色の髪で、髭がよく似合うガッチリした男性が、名乗りを上げた。
「俺が料理長のウラハだ。今日はどこにも出した事のない料理を出すんだろう? 料理帳は秘匿するんで、ひとつ宜しく頼むぜ」
「《竜の跳ね鳥亭》の料理番、キョウスケです。本日はどうぞ宜しくお願いします」
「エリカ様は珍しい料理をお好みになるからな! とびっきりの晩餐を作り上げようぜ! ガッハッハッハ!」
それから、俺は手を清めさせて頂いて、早速前菜に取りかからせて頂いた。
まずは5名の料理番が俺につけられ、下ごしらえをしていく。
「所で、キョウスケ。うちの料理番達にも味見をさせてえんだが、20名分程多めに作ってくれねえか?」
「構いませんよ。じゃあ、余裕を持って130人前を作りましょうか」
「ありがとな! じゃあ俺も手伝うぜ。兎の臓物を前菜に使うなんて、珍しいやり口だぜ」
「臓物を使うのは、避けた方が良かったでしょうか?」
「いんや。肝心なのは味だからな。客も珍しい食い物を求めて来るんだから、構わないさ。んじゃあ、残りも洗っちまうぜ?」
「あ、お願いします。水が綺麗になるまで洗って下さい。次は、兎肉をミンチにします。包丁で肉を丁寧に叩いて下さい」
料理番達の手並みを拝見しながら、俺も肉をミンチにしていく。
作業工程を頭に描きながら、作業を進めていく。
今日は夜までの長丁場なのだ。
気を張りすぎても良くないし、気を抜くわけにもいかない。
ただ、料理に没頭出来る事が、たまらなく幸せだった。
俺はこんなに、料理が好きなのだ。
今までは、自分一人分を作って満足していた。
それが、100名以上の客に料理を出すまでになっている。
だいたいは、俺を拾ってくれたリーズヘッグのおかげだ。
俺は俺なりに恩返しをしていこう。
心意気も新たに、俺は次の指示を出す。
料理はまだ序盤、楽しい気持ちが沸き立つのを感じながら、俺は料理に没頭するのだった。
やがて午後5時の鐘が鳴り、全ての料理が仕上がった。
晩餐会の開始は午後5時半である。
「じゃあキョウスケ。後は任せてくれ。お前は料理の説明があるから、晩餐会に参加しなきゃならねえ。その格好で行けるから、小姓についていけ。料理を出し終わったら、俺達も味見させて頂くよ」
「わかった。ウラハ、今日はありがとう。じゃあ、俺は行くね」
「ガハハハ! また面白い料理を思いついたらうちに来いよ!」
俺はウラハに頭を下げてから、小姓についていった。
1階の最奥の小さな扉から、中へ入る。
そこは調度品が少なく、椅子が多く並べられている部屋だった。
「こちらは待合室になります。晩餐会の開始まで、こちらでゆるりとお待ちください。お茶はリーネの茶で宜しかったでしょうか?」
「うん、任せるよ」
「では、おかけになってお待ちください」
小姓が退室して、俺は椅子に腰掛けた。
かなり疲れているが、とても充実している。
やがてお茶が届いたので、まずは一口味わってみた。
香り高いお茶で、苦みは玄米茶に酷似している。
初めて味わった茶だが、美味しい。
料理には果実酒と、いつも店で飲んでるフォンディの皮を煎じて飲むワナの茶を指定した。
ワナの茶は柑橘系の香りがして、苦みのある、日本では飲んだことのないお茶だ。
他にも多数の茶葉が、この宮殿には取り揃えられていたが、全て検分するには時間が足りなかった。
昼食は、ここのまかないを頂いた。
兎肉と各種野菜の炒め物だ。
俺はそこでブロッコリーに似た野菜に出会う事になった。
味付けは塩のみで、火加減も申し分なく、乳脂の風味がたまらない一品だった。
それをサフア巻きにして出されたのだが、フランスパンは使っていなかった。
聞けば、3日に一度はフランスパンを買っているという。
まだまだ世間では珍しいフランスパンも、このお屋敷では食べ慣れた食べ物であるようだった。
「キョウスケ様、お時間になりましたので、会場にご案内致します」
「うん、宜しくね」
俺は立ち上がり、小姓の後について、大きな扉をくぐった。
途端に、人の熱気がむわりと俺を襲った。
ささやかな拍手とともに、俺は会場の最前列の右手に案内された。
お客は皆正装しており、女性はドレス姿のようである。
丸いテーブルがいくつも並んでおり、給仕がワインをついでいる。
一番前のテーブルに座っていたエリカが立ち上がり、静かになった会場内で、マイクのようなものを手にした。
「お集まりの皆さん、ご機嫌よう。今宵は市井で人気の《竜の跳ね鳥亭》の料理番、キョウスケによる6種の料理を味わって頂くわ。どこにも出したことのない料理を注文させて頂いたので、どうぞごゆっくり楽しんで頂戴。では、晩餐会を開始します。女神アウローシアの加護を!」
皆がグラスを上に掲げ、ついに晩餐会が開始された。
扉が開き、数十人のメイドがカートと共に入室する。
俺はマイクのようなものを渡されて、深呼吸した。
料理が行き渡った頃合いで、声を上げる。
「《竜の跳ね鳥亭》の料理番、キョウスケです。まずは前菜の兎肉とレバーのパテになります。どうぞお召し上がり下さい」
材料は兎肉とレバー、クルミに似た木の実であるカテラッセといくつかの香草である。
それを型に入れて焼き上げたものを切り分けて、付け合わせは茹でたホウレンソウのごときテーペにレモンのごときレィモンを使った酸味のあるドレッシングをかけている。
マスタードのような香草も練って添えたので、十分であろう。
エリカのテーブルには、リーズヘッグとプリムも一緒に座っている。
エリカの隣に座っている男性と女性は、もしやご当主夫妻だろうか?
俺はざわつく会場内を見渡す事しか出来なかった。
「これは……美味しいわ」
「ええ、美味ね。兎のレバーと言っていたかしら?」
「果実酒のおかわりをくれ!」
聞こえてくる会話によると、ほぼご満足頂けているようだ。
俺は胸をなで下ろしつつ、皿が空くのを待ち受けた。
しばらくして、サフア料理が運び込まれてきた。
俺はまたマイクのようなものを持ち、声を上げた。
「サフア料理は、パスタとなります。煮汁は、イノッサとビトーのピリ辛風味となります。ぜひ、ご賞味下さい。くるくると巻き取ると、食べやすいかと思います」
トマトのごときイノッサと、赤唐辛子のごときチコの実に、ナスのごときビトーと兎肉の挽肉を加えたピリ辛風味のパスタである。
一人前は、コース料理なので少なめだ。
招待客はおっかなびっくり、パスタを巻き取っている。
食べ方に難はないようなので、俺はほっとした。




