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ためらう気持ち

「えっ、じゃあ、ルルイエは男性なのかい?」


「はい……あたしの心は女性なんですけど……明らかにしていないと、雇用上問題があるかと思って……」


 そんな打ち明け話が始まったのは、菓子を食べ終わってからだった。

 ルルイエは色白で艶やかな紫色の髪が美しい、小柄な少女である。

 上衣はフードつきのシャツで、下衣は巻きスカートだ。

 小柄だし、とてもじゃないけど、男性には見えない。

 まあ、本人が言うのだから留意しておこう。


「わかったよ。ルルイエの事は女性として接するからね。リーズヘッグも文句ないだろう?」


「うむ。祝福祭の間、働いてくれるなら給料ははずむぞ。仕事を覚えて貰うから、今月の休日に顔を出して貰えたらありがたい」


「わかった。プリムに聞いたけど、来週はいねーんだよな。じゃあ、21日と28日に顔を出すよ。普段は財宝漁りをしてるけど、祝福祭の時期だけは、ダンジョンにもぐるのを控えるんだ」


「知らない人も、いっぱいやってくるし……人が極端に増えるから……ダンジョンでも諍いになることが増えるの……」


「せっかくの祝福祭に諍いを起こすなんてつまらないからな。ただ、プリムの仲間は潜り続けるらしいけどよ」


「リリア達はずーっと財宝漁りするんだって! 合間に食べに来てくれるって言ってたけど、お疲れ様だよねぇ」


 プリムは若干心配そうにそう言葉を添えた。

 リリアは強い意思を持って、財宝漁りを続けるのだろう。

 それに文句をつけるつもりはないが──どこか、危ういものを感じた。


「それにしても、美味い料理だったな! 18年生きててこんな美味いもんを食ったのは初めてだよ!」


 ダビがそう言うと、ルルイエもおずおずと声を上げた。


「うん……本当に美味しかった……見たことのない料理ばっかりで、楽しかった……」


「今日の試作は来週の晩餐会の献立だからね。いつもより豪勢なんだ。どこにも出したことのない料理を願われてね」


「貴族の晩餐会に呼ばれるなんてすげーよな。せいぜい顔をつないでおくと良いぜ。このへんの貴族に悪い噂はねえからな」


「うん。精一杯頑張って来るよ」


 料理はみんな、大絶賛だった。

 一生懸命作ったから、とても嬉しい。

 俺はこの献立で晩餐会に挑む決心をした。





 それから次の休日まで、俺はがむしゃらに働いた。

 お客は増える一方で、多めに注文しているフランスパンも、綺麗に売り切ってしまう程だ。

 リーズヘッグはとうとうフランスパンを200本注文することに決めた。

 お客さんが行列を作ってしまう位、うちの店は繁盛しているのだった。

 

 ある日、リリアとその仲間達が食べに来てくれた。

 リリアは相変わらずフードをかぶっていたが、俺がリリアを見誤る事はなかった。

 リリア達は、元気そうだった。

 プリムも大喜びで、給仕をしていた。

 俺にとって、リリアはなんなのだろう。

 会えれば嬉しいし、胸が沸き立つ。

 しかし、俺は35歳のおっさんだ。

 軽はずみな気持ちではないが、ためらわれる。

 そもそも俺は、恋愛ごとは苦手だった。

 彼女がいたこともあるが、料理は彼女より美味い為、嫌がられた。

 唯一の趣味を否定された後は、長く続かなかった。

 俺は、料理が好きだ。

 この気持ちを殺さずに、生きていきたい。

 改めて、俺はそう思うのだった。




 11月14日は、朝食を食べた後、迎えに来たエミューの車に乗って、タンデム男爵家のお屋敷に向かう事になった。

 連絡は、タンデム男爵家の小姓が御用聞きに来てくれたし、不自由はなかった。

 車は6人がけで、御者と小姓が御者席にいる。

 俺はリーズヘッグとプリムと一緒に車に揺られている。

 俺は朝一番から調理に入るが、リーズヘッグとプリムは、エリカの話し相手として呼ばれている。

 エリカはご当主の母君だそうで、庶民の暮らしにも興味をお持ちなのだと、小姓が教えてくれていた。

 車の乗り心地は軽快で、30分ほどで車は止まった。

 車を降りて見ると──そこは宮殿であった。

 かなり大きな建物で、広い庭園に車は止まっている。


「僕がご案内致します。こちらへどうぞ」


 小姓の案内で庭を突っ切り、階段を登って、扉を開く。

 とても広い玄関ホールには、赤い絨毯が敷かれていた。


「まずは、エリカ様にご挨拶をお願い致します。3階にどうぞ」


 小姓について階段を登り、歩を進める。

 壁には絵画がかけられ、美しき壺が飾られている。

 床には塵ひとつ落ちていない。

 さすが貴族の屋敷といったところだ。


 3階のある部屋の前で、小姓が止まった。

 ノックをしてから、小姓が声を上げた。


「お客様をお連れ致しました」


「お入りなさい」


「失礼致します」


 小姓が扉を開き、俺達三名が中に入る。

 そこは広い居間のようだった。

 ソファにゆったり腰掛けたエリカは、涼やかな藤色のドレスを纏っていた。

 

「いらっしゃい、お客人方。わたくしは、タンデム男爵家のエリカと申します。一応、名乗りを上げて貰えるかしら?」


「俺は《竜の跳ね鳥亭》の店主、リーズヘッグだ」


「俺は料理番のキョウスケです」


「あたしは給仕のプリムだよっ!」


 俺達もソファに着席して、名乗りを上げると、エリカは嬉しそうに微笑んだ。


「キョウスケ……今日はどうぞ宜しくね。どこにも出した事のない料理を、とお願いしてしまったけれど、大丈夫だったかしら?」


「はい。故郷では珍しくなかった料理ですが、この国では出したことがありません。店で何度か試作をした位です」


「わかったわ。貴族って物珍しい食べ物が大好きなの。わたくしも期待しているわ」


「はい。精一杯励みます」


「では、キョウスケは仕事を始めて貰いましょう。案内は小姓が致します」


「わかりました。じゃあ、リーズヘッグとプリムは、また後で」


「うむ。頑張れよ」


「頑張ってね、キョウスケ!」


 俺は二人に笑顔を返してから、小姓の後についていった。

 まず連れてこられたのは、1階の小部屋である。


「まずは、調理服に着替えて頂けますか?」


「うん、わかったよ」


 大体の流れは聞いていたので、言うとおりにする。

 俺は適当な籠に服を脱ぎ、数珠を置いた。

 調理服は半袖の、真っ白な服だった。

 下も真っ白な長ズボンで、着心地はまずまずだ。


「では、こちらへどうぞ」


 小姓に連れられて着いた先は、だだっ広い調理場だった。

 調理服を着た料理番も、ざっと100名はいるだろう。

 俺は小姓に奥の卓に通される事になったのだった。

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