再びサフア屋へ
その日の夜営業も満員御礼のまま、午後9時の鐘が鳴り、閉店時間である。
今日もプリムの歌は大好評で、2曲も歌っていた。
「美味かったよ。また明日な!」
「明日もプリムの歌を期待してるぜー?」
「リーズヘッグ、またな!」
常連さんが帰っていく。
俺に声をかけるお客さんもいるので、俺は笑顔で応対していた。
やがてお客がはけていき、鍵を閉めたら、俺達の晩餐だ。
作るのは、牛肉とタマネギのごときカペラと、ピーマンのごときファン、キャベツのごときノーマを炒めた炒め物だ。
フランスパンを輪切りにして、汁物料理を取り分ける。
配膳が済んだら、俺もカウンターに腰掛けた。
皆で一斉に木匙を取り上げて、食べ始める。
うん、美味しい。
ピーマンのごときファンを使ったのは初めてだったけれど、成功したようだ。
「ファンって、あんまり食べないけど、苦みがあって美味しいねー!」
「うん、独特の美味しさがあるよね。リーズヘッグもご満足頂けたかな?」
「うむ。美味かった。ユーカンの風味が豊かで、野菜の味も際立っておった」
「そっか。なら良かったよ」
汁物料理をすすりながら、他愛ない雑談を楽しむ。
食後の菓子は、プリンを食べる。
穏やかで幸福な時間であった。
それから、5日が過ぎた。
待ちに待った休日、今日はサフア屋へ行く。
朝食を食べたらすぐにパスタを打ち、籠に入れてリーズヘッグが持つ。
プリムは留守番で、俺はリーズヘッグの後をついていく。
聞くところによると、今は11月の7日なのだそうだ。
1年は12ヶ月で、1ヶ月は30日である。
曜日の読み方は覚えられなかった。
つまり、11月14日が晩餐会当日なのである。
町並みを見渡しながら歩いて行く。
こんな早朝なのに、結構人通りがある。
よく見るとフードをかぶっている人間が多かった。
「リーズヘッグ。フードをかぶっている人が随分多いね?」
「フードをかぶっている奴はたいてい財宝漁りだ。まあ、来月は祝福祭だから、人もどんどん増えるだろうさ」
「え? 祝福祭?」
「年末にやる馬鹿騒ぎの事だよ。芸を見せる旅芸人もわんさかやってきて、なかなか愉快なもんだぜ」
「へえー。知らなかったよ」
「正確には、12月18日から祭りが始まって、12月30日に終わるんだ。だが、12月に入ったらもう客は倍以上に増える。1年で一番忙しいのが、祝福祭なんだ。祝福祭は町で過ごすと決まっとるからな」
「そっか。じゃあ、祝福祭が終わってから旅立つ感じか」
「うむ。女神アウローシア様に祈りを捧げ、祝福祭を祝ってから、1月1日に出立するのが普通だろうな」
「了解だよ」
年末にそんな大きな祭りがあるとは思わなかった。
それにしても、故郷の日本とは随分違うものである。
俺は木造の町並みを眺めながら、リーズヘッグの後を追った。
30分程で、カトリーヌの屋敷に到着した。
門番と問答を済ませて、俺はホルエン料理長の元に通された。
持参したパスタを茹でて、即興でパスタソースを作る。
選んだのは、ナポリタンであった。
「おいおい、それがサフアなのか?」
苦い顔のホルエン料理長に、出来上がったパスタを差し出す。
「どうぞ、味を見て下さい。パスタはまだ量がありますので、大丈夫です」
ホルエン料理長は、フォークでくるくると巻き取って、ぱくりと食べた。
「ほう。こりゃあ……なかなかの味だな」
「ホルエン料理長、俺も味見させて下さい!」
「うむ。手が空いてる奴は、これを味見してみろ」
「へえー、にょろにょろしてる!」
「煮汁が美味いな。この細長いのも、美味い」
「へえー、美味しいじゃん」
数人の料理番が味見して、全員が美味しいと言ってくれた。
俺はほっと息をついたが、ホルエン料理長は渋いお顔だ。
「お前はこれを売るのか?」
「うん、そのつもりだけど……なんかまずいかな?」
「全てはカトリーヌ様がお決めになるが、まだフランスパンの混乱が収まっておらん! 今よりもっと人手も必要だし、祝福祭も迫っとる。なんというか……慌ただしい限りだ」
「それはどうもすみません」
そこでカトリーヌに呼ばれたので、ナポリタンのパスタを仕上げて、カトリーヌの部屋に向かう。
部屋に入ると、メイドがナポリタンの皿をカトリーヌに配膳してくれた。
そこにはリーズヘッグも座しており、俺もリーズヘッグの隣に座った。
「いらっしゃい、キョウスケ。またお会いできて嬉しいわ。フランスパンの販売はとても上手くいっているの。先日は貴族のお屋敷でサンドイッチをお披露目したわ」
「お久しぶりです、カトリーヌ。お忙しいところ、申し訳ありません。まずは、パスタを食べて頂けますか?」
「ええ、頂くわ」
カトリーヌはフォークでくるくると巻き取り、上手に口に運んだ。
入念に咀嚼した後、こくりと飲み下す。
「これは……新しい食べ物だわ。味付けは煮汁によるものね。この風味は……ううん、これは何を混ぜているの?」
「これは、サフアとテルマを7対3の比率で混ぜ込んでいます」
「まあ。テルマだったの。テルマは家畜の飼料にしかならないと言われている穀物だわ。こんなに美味しいとはびっくりよ」
「このパスタは、麺を打った後干し固める事で長期保存が可能になると思います。そのあたりも含めて、サフア屋におまかせしようと考えています」
「わかったわ。パスタの製法を買いましょう。ただし、すぐに真似されてしまう事も鑑みて、銀貨30枚で如何かしら?」
「俺に異存はない。交渉成立だな」
「まずは、7日後の晩餐会に使うパスタを用意しなければなりませんね。あと、パスタをどう売ろうか悩んでるんですって? 来月は祝福祭よ。露店で売ればいいじゃない。わたしもサンドイッチとフランスパンと、パスタの露店を出すわ」
その後はお金を受け取って、ホルエン料理長にパスタの作り方と、数種類のパスタソースを伝授した。
早朝からやってきたかいあって、お昼前には帰路に着くことが出来た。
「せっかく早く終わったんだ。露店区域を見てから帰るか」
「それは嬉しいな。出来れば、軽食を買って貰えないかなぁ? 他の露店が、どんな料理を出しているか、気になるんだ」
「いいぞ。あそこの通りが、露店街だ。好きな店を選ぶといい」
「うーん、じゃあ、この行列の店がいい。嗅ぎ慣れない調味料の香りがするんだ」
リーズヘッグも一緒に並び、15分程待って、俺達の順番がきた。
「お待ちどう。いくつだい?」
「2つ貰おう」
「あいよ。青銅貨4枚だね」
店主の女性は、手慣れた様子で丸く焼いたサフアに、レードル一杯分の具材を乗っけて、くるくる巻いた。
それを2つ受け取り、列の外側に歩を進めた。




