貴族の注文
翌日の昼営業も、順調だった。
今日の献立は、2色そぼろのサンドイッチだ。
甘い卵と、あまじょっぱく仕上げた兎肉が、乳脂を塗ったフランスパンにとても合うのだ。
付け合わせは、いつものマッシュ・フォンディと、カボチャのごときエリマのクッキーだ。
時刻はまだ12時を過ぎたところだろう。
プリムが店内を駆け回り、リーズヘッグは常連さんと立ち話だ。
そこに入ってきた客が──それは、お上品な老女と、けばけばしい真っ赤なシャツに金糸で刺繍を入れた長身の男性であった。
プリムが奥のテーブルに案内して、お茶を配る。
そして俺の元へ注文しにやってきた。
「日替わり2人前! あと、ご婦人の分はサンドイッチを切って貰える?」
「了解したよ」
作り置きのそぼろを、乳脂を塗ったフランスパンに詰め込む。
そして、食べやすい大きさに切ったら、完成だ。
「プリム! 6番テーブル、上がったよー!」
プリムは速やかに運んでいった。
あのお客さんは、何だったんだろう。
そう思いながら日替わりを作っていると、しばらくしてリーズヘッグに呼ばれた。
「あのご婦人がお呼びだ。手が空いたら挨拶してこい」
「うん、わかったよ」
俺は注文の日替わりを仕上げて、6番テーブルに向かった。
ご婦人と男性は食後のお茶を楽しんでいた。
「お待たせしました。俺がこの店の料理番のキョウスケです」
「初めまして。わたくしは……タンデム男爵家のエリカと申します。こっちは護衛のドッジ。お料理はとても美味でしたわ」
「それはどうも、ありがとうございます」
「この店は昔からあるので知っておりますが……焼き物も煮物も、随分塩辛い料理が出されていたはずです。この付近の料理屋も同様でした。それが、この店だけがこのような美味なる料理を出すようになった……。それはきっと、あなたの影響なのでしょうね。あなたは異国の料理人なのでしょう?」
「はい。俺は日本という国で生まれ育った身です。かなり遠くの島国だろうと思います」
「興味深いわ。この店のことはね、使用人が騒いでいたから知ることが出来たの。それでね、今度あなたに、うちの晩餐会で料理を振る舞って欲しいの。リーズヘッグは了解をくれたけど、あなたはどうかしら?」
「晩餐会……ですか。日程は、次の次の休業日でも構いませんか?」
「ええ。ただ、ひとつお願いしたい事があるんだけど……どこにも出したことのない料理をお願いするわ。人数は100人分。うちの料理番がお手伝いします。料理は前菜、サフア料理、野菜料理、汁物料理、肉料理、菓子の6品。報酬はリーズヘッグに伝えてあるわ」
「……かしこまりました。お受け致します」
「そう、良かったわ。必要なものは取りそろえておくし、随時連絡を取れるようにしておきます。では、晩餐会を楽しみにしておりますよ」
「わかりました。では、失礼致します」
俺は調理場に戻り、注文の日替わりを作り続けた。
男爵家と言っていたから、貴族だろう。
そんな上流階級の人間が、俺の料理を食べるという。
サフア料理は、パスタにさせて貰おう。
ただ、作り方はサフア屋の秘密になるはずだ。
そのへんは相談せねばなるまい。
「さっきの客の話、受けたんだな」
「うん。お客に出してない料理でっていうのが厄介だけど、なんとかなると思ってさ」
「報酬は十分な額を提示された。お前なら大丈夫だと思っとる。頑張れよ」
「うん。まずは日々の営業をこなさないとな」
俺は気分を新たに、フランスパンを掴み取るのだった。
昼営業が終わり、俺は昼食の準備をする。
今日の献立は、醬油のごときユーカンを使った兎肉の煮物である。
野菜はニンジンのごときメイリグとジャガイモのごときフォンディ、カブのごときダリヤ、ダイコンのごときレダス、ホウレンソウのごときテーペである。
兎肉は挽肉にして使っている。
付け合わせは甘く煮たニンジンのごときメイリグと、素揚げにしたジャガイモのごときフォンディに塩を振ったものである。
汁物料理は牛の乳を使い、ミルクスープに仕上げた。
肉は牛の肉を使い、薄切りにしている。
準備が出来たので、兎肉のユーカン煮込みとフランスパン、汁物料理を配膳していく。
仕上げに茶の準備をして、席に着いた。
「さあ、食べようか」
俺達は同時に木匙を取り上げた。
俺はカブのごときダリヤをすくい、口に入れた。
とても柔らかく、煮汁を吸ったダリヤが心地よい。
兎肉のそぼろも甘辛く煮付けられており、問題ない仕上がりであった。
「うむ。美味い。少し肉が少ないような気がするがな」
「その分、野菜たっぷりだね! これは美味しいよ!」
肉は一人90グラム見当である。
確かにいつもより、肉は少ない。
「じゃあ、兎肉のソテーを半人前、追加しようか? 味付けはユーカンとチコの実を使おう」
「……それじゃあ、頼めるか?」
「任せておいてくれよ。今度からは肉の量も考えながら献立を考えるよ」
そうして食事を進めていき、料理が尽きた頃にプリンを出した。
「プリンって美味しいよねーっ! 今日も元気に働けそう!」
「まだこの辺じゃあ、菓子を出す店は珍しい。プリンは俺も大好物だ」
「二人にもお客にも喜んで貰えて何よりだよ」
俺もプリンを食べながら、心は晩餐会に向かってしまっていた。
俺はどのような料理を出すべきか──それを思い悩んでいるのである。
そのために必要なものは、何なのか。
それはぼんやりと、浮かんできている。
材料はリーズヘッグに探してきて貰うしかないし、俺は合間を縫って試作をしなければならない。
かなり忙しいが、俺は充実していた。
「リーズヘッグ。海藻だと思うんだけど、透明に固まる食材を知らないか? 熱を加えると溶けると思うんだけど」
「明日、市場で探してきてやる。海藻なら、海の食材売り場に売ってるだろう」
リーズヘッグは胸を反らして、請け負ってくれた。
プリムはわくわくした目つきで俺を見つめている。
俺は二人に笑いかけてから、席を立った。
胸に情熱を抱いて、俺は調理場に入るのだった。




