理想を追い求める
その夜のことである。
夜の営業も滞りなく済んで、店を閉めたところだ。
今夜のまかないは、兎肉のハンバーグ、カペラとユーカンの和風ソース。
カペラはタマネギに似た食材であるし、ユーカンは醬油のごとき食材である。
「兎肉でハンバーグを作ったのは初めてだ。忌憚のない感想をお願いするよ」
皆で一斉に木匙を取り上げる。
ハンバーグを口に入れると、ほろほろと肉が崩れていき、肉汁が溢れ出す。
心配していた程クセは強くないようだ。
和風ソースの味付けも、この肉に合っている。
「すっごく美味しいっ! お昼に牛肉のハンバーグも食べたけど、それとも印象が違うねっ!」
「ああ。こっちの方が好きだと言う奴もいるだろう。牛の肉のほうが、肉々しい印象だな」
「俺も美味しいと思う。次にハンバーグを作る日は、どっちの肉を使うか、迷っちゃうな」
「基本は牛の肉で構わんぞ。兎肉が余っている時は、兎肉を使うと良い」
「了解したよ。兎肉は美味しいから、全然余らないんだけどね」
俺がそう言うと、プリムが目を輝かせた。
「この国の兎肉は、特に美味しいからねーっ! 他の国で食べる兎肉とは、かなり違うよ! やっぱり飼料が違うんだと思うなぁ」
「へえ。でも、公開はされてないんだろ?」
「うん。兎の飼育場も見に行った事があるんだけどね、餌は秘密だって言ってたの。怪しいよねーっ!」
「兎の餌かぁ。俺はメイリグ位しか思い浮かばないなぁ」
メイリグとは、ニンジンのごとき食材である。
すると、リーズヘッグとプリムは、きょとんとしてしまった。
「兎の餌と言えば、ノーマであろう。メイリグを食べるとは聞いたことがない」
「そうなんだな。俺の故郷では、兎はメイリグに似た食材を食べていたんだ」
「へえー! 面白いね! でも、大っぴらに言うと、兎の飼育場から注意されちゃうかも。飼料に関しては、結構厳しいからね」
「わかった。気を付けるよ」
自分の分を食べ終わったので、席を立つ。
今夜も菓子の準備があるのだ。
「今夜の菓子は、チョコバナナクレープだよ」
バナナのごときエーファを輪切りにして、丸く焼いたサフアに並べる。
そこにチョコレートソースのごときヨーデルのソースをかけて、くるくると巻けば完成だ。
全員分を配膳し、俺も椅子に腰掛ける。
サフアには、卵を混ぜて、牛の乳で溶いてある。
クレープをかじり取ると、バナナのごときエーファの甘さと、チョコレートのごときヨーデルの香ばしさと甘さが相まって、とても美味しい。
「うわぁ、これって、ヨーデルの香りだよね? 苦みがあるのに、甘いし、エーファとすっごい合うんだね!」
「うん。ヨーデルの茶葉を焙煎したものを、粉にして、乳脂と合わせた後、砂糖と牛の乳を加えているんだ」
「すっごく美味しい! このヨーデルの煮汁は、色んな菓子に使えそうだね!」
「そうだね。その内、試作してみるから、味見をよろしくね」
「まっかせといて!」
プリムはクレープを頬張り、幸せそうに微笑んだ。
リーズヘッグはクレープを完食し、お茶をすすっている。
俺もクレープを頬張って、明日の献立を思案する。
それはとても穏やかで幸せな時間であった。
翌日の昼営業も、賑やかに過ぎ去っていった。
昼はサンドイッチというイメージがついたようで、持ち帰りを頼むお客も多く見られた。
その上、客入りは毎日増えているように感じられる。
少しは余る計算のフランスパンが、綺麗になくなってしまうのだから、お客は増えているのだろう。
リーズヘッグはついに一日160本のフランスパンを購入する事に決めた。
それは俺が、フランスパンが余らないと出せない菓子があると告げたせいかもしれない。
それでも大体は売り尽くせると信じての増量であった。
サフア屋が80本のフランスパンを運んで来た後、俺達は遅い昼食を取ることになった。
献立は、兎肉の煮込みである。
付け合わせは、ニンジンのごときメイリグを甘く煮付けたものと、ジャガイモのごときフォンディを素揚げにして塩を振ったものだ。
汁物料理は、トマトのごときイノッサをたっぷり使った野菜たっぷりのスープである。
それに半個分のフランスパンを輪切りにしたものを添えて、完成だ。
「それじゃあ、どうぞ。汁物料理は、おかわりもあるからね」
皆で木匙を取り上げ、食べ始める。
俺は兎肉の煮込みをすくい上げ、口に運んだ。
果実酒をたっぷり使って煮込んだ兎肉は、とても柔らかい。
まず、煮汁が美味である。
そして、兎肉の旨みが舌の上に広がっていく。
「うん、兎肉の煮込みは初めて作ったんだけど、上手くいったみたいだ」
「うむ。実に美味い」
「あたしも、すっごく美味しい!」
「ありがとう。じゃあ、夜の献立はこれで良いかな?」
二人は快く許可してくれた。
一杯ずつ汁物料理をおかわりした後、食後の菓子に焼いておいたチョコレートケーキを出す。
サフアの量と、ヨーデルの量の比率が難しい一品である。
結局鉄板に流し込んで、石窯で焼き上げたものなので、思うようなボリュームはない。
しかし、チョコレートケーキと呼べる位のクオリティは保てていると思う。
「これはまた、甘い菓子だな」
「うん。ヨーデルの苦さと香ばしさが、甘さを際立たせているんだろうな。お気に召さないなら、プリンに切り換えるよ」
「でもこれ、すっごく美味しいよーっ! 今日だけでも、お客に出してみたら?」
「うむ……。俺も美味いと思うが、味が強いからな。それを嫌がられないか、心配なんだ」
「あたしが店内をよぉく見ておくからさ! 不評だったら、出すのをやめれば良いんだし!」
「わかった。キョウスケ、仕込みは間に合うんだろうな?」
「ああ。任せておいてくれよ」
俺は自信を持ってそう言うと、残りのチョコレートケーキを口に運んだ。
まだまだ理想に届いていない。
だけど、確かな手応えを胸に、俺は微笑むのだった。




