大事な仲間
その翌日のことである。
俺は朝食に、唐辛子に煮たチコの実を使って、ピリ辛の献立を作り上げた。
メインに使うのは、トマトに似たイノッサである。
俺の知るトマトより酸味が強いので、タマネギのごときカペラをみじん切りにして、飴色になるまで炒めたものをたっぷり入れている。
香りは、ニンニクのごときダッキと唐辛子のごときチコの実を、マオマオの油でよく炒めたものだ。
そうして仕上げた汁を、兎肉のソテーに絡めたものが、ほかほかと湯気を立てている。
汁物料理は野菜たっぷりのコンソメスープだ。
そこにフランスパンを添えて、完成である。
「うわあ、良い香りっ! ダッキの香りって、お腹がすいちゃうよねっ!」
「それにしても真っ赤ではないか。辛みは抑えるのではなかったか」
「真っ赤なのはイノッサのせいさ。辛みは抑えて、チコの実は1個しか入れていないんだ。まずは食べてみてくれよ」
プリムとリーズヘッグの声に元気よく返事を返し、俺も食べ始める。
うん、ピリ辛ですごく美味しい。
俺はもうちょっと辛みが強くても良い。
このソースでパスタを作れたら、きっとすごく美味しいだろうなと、そう思えてしまう。
「うわぁ、思ったより辛くないし、美味しいねっ!」
「うむ。これ位なら、俺でも美味と言えるようだ」
「そっか。じゃあこれを昼の日替わりに……」
「待て。客はサンドイッチを求めているのではないか? これをサンドイッチに入れたらまずいのか?」
「そっか。盲点だったよ。これをサンドイッチにしても良いし、別のサンドイッチを作っても良いよ」
「これを昼のサンドイッチにしたら、夜の献立はどうするんだ?」
「夜は、牛肉のハンバーグにしようかな。ソースは、ユーカンを使ってさっぱり仕立てにするよ」
「うむ。では、そうするが良い。ハンバーグは客にも評判が良かったからな」
ピリ辛イノッサの兎肉ソテーは無事日替わりに使われる事になった。
俺達は速やかに朝食を食べ終えて、昼の仕込みを頑張った。
そして、わずかばかりの自由時間で、香草を粉にしていく。
カレーに必須のスパイスと言われるコリアンダーとクミンとターメリックは、見つけてある。
俺が日本で自作したのはスパイスカレーというやつだった。
再現を目指したいのは、日本式のカレーである。
スパイスをどれだけ加えればいいかは、もう記憶を頼りに、少しずつ試すしかないだろう。
「……随分な香りだが、どんな料理に仕上げるつもりだ?」
ふと見ると、リーズヘッグの心配そうな顔が調理場にあった。
俺は笑顔をこしらえてから、次の香草をすり潰した。
「カレーっていう、故郷の料理を作ろうと思ってね。少し辛いけど、やみつきになる美味しさだよ」
「そうか。しかし、随分手間がかかる料理のようだな」
「そうだね。今は配合が手探りだから、余計手間が掛かっちゃうね。完成すれば、少しはマシになると思うんだけど」
「そうか。完成が待ち遠しいな」
リーズヘッグはそう言って調理場を出て行った。
俺はいっそうやる気を燃やして、香草をすり潰す。
今日は香草をすり潰すだけで終わりそうだが、それでも構わなかった。
午前11時の鐘が鳴り、昼営業の開店である。
今日は唐辛子のごときチコの実を使った新たな献立であるが、反応はいかに。
いつものように常連客がわいわいとやってくる。
そして、ピリ辛イノッサの兎肉ソテーのサンドイッチを食べたお客は、大声で声を上げた。
「美味い! これはチコの実だな!」
「ピリ辛でなんともイノッサと兎肉が合うじゃねえか!」
「おおい、こっちにも日替わりを一つ頼むよ!」
お客は大入りで、あっという間に満席だ。
外では少し行列になってしまっているという。
嬉しい悲鳴を上げながら、俺は肉を焼き続ける。
「おおい、俺は持ち帰りを3つ頼むよ」
「はい、少々お待ちくださいっ!」
「6番、8番、12番あがったよーっ!」
「はーいっ!」
注文が次々入り、俺は肉を焼き上げる。
お客は皆満足そうであり、チコの実に対する拒絶反応はなさそうであった。
俺は充実した心地で仕事に取り組み、そして店に入ってきた少女の姿を見て、胸が波打った。
フードをかぶっているが、間違いない。
リリアだ。
「あーっ、リリアじゃん。みんなで来てくれたの?」
「うん。皆、一度はプリムの働く姿を見たいって」
「いやー、照れちゃうなぁ。じゃあ、奥のテーブルにどうぞ!」
よく見ると、リリアの連れは、皆フードをかぶっていた。
人数は、4人だ。
一人長身の人間がいたが、皆女性のようだった。
「キョウスケ! 4番テーブルに日替わりを4つね!」
「了解!」
俺は腕によりをかけて、日替わりを作った。
リーズヘッグが運んでいったのだが、評判の方はどうだろうか──そんな事を考えながら、肉を焼き続けていると、リーズヘッグに呼ばれた。
「キリの良い所まで作ったら、リリアの所に顔を出せ。俺はもう挨拶を済ませた」
「わかった。丁度今仕上がった所だから、今行くよ」
そう言って、調理場を出てリリアのいるテーブルに向かう。
リリア達は、フードをはねのけて、お茶を楽しんでいた。
「お待たせしました、キョウスケです」
「あなたがあの美味しい料理を作った料理人なのぉ……?」
そう言ったのは、紺色の髪をした、長身の女性であった。
年の頃は20代前半だろうか。
むやみに色っぽい女性である。
「はい。俺が料理番のキョウスケです。今日の日替わりはお気に召しましたか?」
「ええ、とっても。こんな料理は見たことないから驚いちゃったのぉ……」
「うちらは結構あちこちの国を巡ってるからさ! あんたは、東の国の出身なの?」
ボーイッシュな緑色の短髪の少女が、声を上げる。
俺は彼女の褐色の肌に気を取られながら、なんとか返事をした。
「俺は日本という島国の生まれです。東の国には、行ったことがありません」
「へえ? 海の向こうの国ってこと?」
「ええ。そう言うことになりますね」
「ニホン……聞いたことのない国。あなたは、遠い国から来たのね」
「ええ。そうですね」
リリアが発言したので、リリアを見つめさせて頂く。
リリアは今日も黒髪をなびかせて、毅然と前を向いていた。
「わざわざ……そのぅ……挨拶を、ありがとうございました……。プリムの同僚の方に……会っておきたかったもので……」
気弱そうな声に振り向くと、茶色の髪を左右に三つ編みにした、そばかすの少女が俺を見つめていた。
「プリムは昨晩からしっかり働いてくれています。うちでも重宝しているので、どうぞご安心下さい」
「そうねぇ……プリムはしっかりやっているようだわぁ……」
長身の女性が頷いて、俺を見る。
「プリムは私達の大事な仲間なの……。どうかよろしくねぇ……」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします。それじゃあ、そろそろ俺は戻りますね。どうぞごゆっくり」
俺は4人にいっぺん頭を下げてから、調理場へ戻った。
注文が山積みになっているのを見て、気合いを入れる。
俺は鉄鍋に火を入れて、肉を掴み取るのだった。




